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No.1 恋するシャボン玉

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五島組長が渋谷で襲われた時、俺は動けなかった。
突然のことで、何が起きてるか分からなかった。
舎弟の信二さんが五島組長を庇って重傷を負ったが、五島組長も軽傷を負っていた。

「秋!組長守れ!」

重傷を負った信二さんに言われて、俺はやっと動けた。
襲った賊は逃げていったが、俺は五島組長にぴったりくっついて、再び襲われることがないようにあたりを警戒した。

「大丈夫か!信二!」

組長が信二さんの名を叫んだ。
救急車で運ばれ、信二さんは一命を取り留めた。信二さんがいなかったら、五島組長は死んでいたかもしれない。

その後、工が五島組長を襲った賊を始末したと聞いたときは、工が普通のヤクザとは違うと思った。その腕を買われ、今は真幸さんの用心棒になっている。

優秀な工と俺の違う所は、工はまだ盃を交わしていないので、ホンモノのヤクザでもなかった。
同い年だが、俺の方がこの世界の先輩だが、工の方が俺の上を行っている。
俺より立派なヤクザだ。

この世界、いつ死んだって、ワッパかけられたっておかしくない世界だ。
俺は工と違って、鉄砲玉になるか、盾になるか、身代わりになって刑期を送るかの、そのどれかしか道はないと分かっている。
好きでこの世界に入ったわけではないが、そんな未来に絶望もしていなかった。
この仕事が好きかと尋ねられたら、好きとは答えられないが、俺には合っている気がする。
この世に楽しみなんてないからだ。

中学、高校と、俺は奥手な方だった。
女みたいな顔してて、体も小さくて、オカマ呼ばわりされたこともあった。
中学の時も彼女がいたことはなかったし、高校も共学といってもほぼ男子校のようなものだったので、女と関わることがほぼなかった。
そんな空間で男に襲われることがなかったのは、俺の周りの野郎どもは女の身体の良さを知っていたからだ。

社会に出てからも、金もないインポの俺に見向きする女なんていない。
未経験のまま、時間だけが過ぎた。

工がまだこの組にいた頃、俺は工が羨ましかった。
男らしくて、賢くて、背も高くて、おまけにイケメン。
俺にないものを全て持っていた。
俺が工みたいだったら、きっと俺は今のような人生歩んでなかった。
いや、違うか。
工みたいだったら、あいつは俺にあんな事はしなかっただろう。

俺が女みたいな顔して、身体も華奢で、出来損ないだったから、あんな事が出来たんだ。
そう、俺は欠陥人間だったから。

「何、ボーとしてるんだよ」

事務所のソファに足を組んで座り、工は雑誌を読んでいた。
不意に声を掛けられて俺はハッとした。

「ちょっと、考え事だよ」

俺はそう言ってごまかした。工は興味なさそうに雑誌を読み続ける。

真幸さんは五島組長と、組長の部屋で何やら話が盛り上がっているのかまだ出てきそうにない。

「真幸さんの下は慣れた?」

何か話題を作らないとと俺は思ってしまった。
何、気を使ってんだか。

「別に慣れるとか考えた事ねぇよ」

工らしい返事。
こいつは何を考えてるか分からない。

最初の頃は、俺に敬語だった。俺の方が先輩だし、れっきとした組員だったから。だが、かたっ苦しいのが嫌で、同い年だし敬語はやめようと言った。

「ずっと真幸さんの下にいるのか?」

「分からねぇよ。俺が決める事じゃない」

ムカつくほど落ち着いていて、それでいてカッコいい。
ズルいと、世の中不公平だと思った。
結局俺は、工に憧れてるんだろうな。
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