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真幸の元にも鑑定結果の報告書が届き、無造作にリビングのテーブルに置かれていた。
真幸はソファに横になって、天井を見つめながら煙草をふかす。
結果は想像通りで、別に何も真幸の心境の変化はなかったが、真春はどう思っているのかは気になった。
水帆が真春に検査の方法を説明した時も、真春は真幸に任せるで、自主的に法的鑑定は望まなかったと聞いた。
この先も飯塚鷹雄の子供として、真春は生きる覚悟をしたんだと思った。
それは、工が側にいることで、そう判断したのかとも思った。


この先、どうするつもりかねぇ。あの坊ちゃんは。
こっちの世界で生きていけるタマでもなさそうだがなぁ。
甘ちゃんだしな。


真幸は煙草の灰を、灰皿に落とすのに起き上がる。
五島の話では、工は今まで通り五島とは盃を交わさないと聞いた。
真春がこの先、七代目政龍組の組長となった五島と親子の盃を交わすまで、動かないつもりなんだと理解した。
工がもう忠誠を誓うのは真春にだけだからだ。
それ故、この先の組の件は、五島に任せれば良いと真幸も思っている。

【今夜は遅くなるから行けない】

夕方に来た疾風からのLINEを読んで、真幸はテーブルにスマホを置いた。
水帆のラボに行ってからずっと会えていない。
時間はもう夜の11時を過ぎていて、真幸は暇を持て余しテレビを付けた。
しばらくして目に飛び込んできたのは、立てこもり事件のニュースだった。

《葛飾区柴又○丁目○番○号、スガマンションで立てこもり事件が発生しています。事件発生は午後6時頃と言うことです。犯人と思われる男は、この部屋の女性を人質にしている模様で、ただ今SITが出動して、交渉しているとの情報が入っております》

女性アンカーの声に真幸は耳を傾ける。

《今、入った情報によりますと、事件発生時にこの部屋に駆けつけた警視庁金町警察署の捜査員が1名負傷したとのことです。現在、犯人との交渉が行われているようですが、犯人は興奮状態にあると言うことで、人質の女性にも怪我がないかが懸念されています》

ニュースを見ながら、真幸は顔面蒼白になり、負傷した捜査員が疾風ではない事を祈った。

「マジかよ。何があったんだ!」

真幸は慌ててスマホを取ると疾風に電話を掛けるが、電源が切られているようで繋がらない。
それが意図して切られているのか、事件に巻き込まれてのことか判断がつかない。
テレビでのニュース中継が終わってしまったので、真幸はパソコンを開いてネットニュースに切り替えた。

《現場からです!今、ベランダからSATが突入したようです!人質になっている女性の安否がまだ確認されていません!あ!容疑者と思われる男の姿が見えます!頭から血を流しています》

現場の報道記者が様子を伝える。
緊迫した現場は騒然としていた。
金町署に電話を掛けようとしたが、家族でない真幸に詳細を教えてくれる訳もないだろうと、真幸はソファに腰掛けて頭を抱える。
待っても待っても疾風からは何も連絡がない。
掛けても掛けても電話は繋がらない。
犯人逮捕のニュースは煩いほど流れてくるのに、負傷した捜査員がどうなったかは一向に報道されない。


…………殉職すんなよ。絶対に。みっともなくても、生き延びろ。俺もみっともなくてもお前のために生きる。


「約束したんだ。大丈夫だ。あいつは死なない。こんな事で簡単に死ぬヤツじゃない。負傷したのがあいつだと決まった訳じゃない」

真幸は自分に言い聞かせるように呟く。

《昨日午後6時に発生した、立てこもり事件の警察発表が先程されました。容疑者は、葛飾区に住む会社員、松丸哲信32歳。押し入った先の、被害者女性とは数ヶ月前に知り合ったものと見て警察は引き続き、被害者女性との関係を慎重に捜査しているとのことです。この事件発生直前、マンションのエレベーターホールで取り押さえようとした金町署の捜査員3名のうち、1名が負傷。現在救急搬送先の病院にて意識不明の重体とのことです》

真幸はそのニュースを見ながら、直ぐ様スマホを手に取った。
御笠泉水が思い浮かんだからだ。
どの病院に搬送されたのか分からないが、もう頼るのは泉水しかいないと思った。
何度かコールをすると、0時を過ぎているにも関わらず泉水が電話に出た。

『真幸さん、どうかした?こんな夜遅くに』

泉水の和かな声に、真幸は自分も落ち着かなければと思った。

「遅い時間に悪い。確か、マスコミに知り合いがいたよな。どうしても調べて欲しい案件があるんだ。ニュースでやっていた葛飾の立てこもり事件は知っているか?」

真幸の切羽詰まった声に、泉水はただ事ではないと思った。

『7時過ぎのニュースで少しだけ見たけど。ニュース速報だと犯人は捕まったようだね。それが何かあったの?』

「負傷した捜査員を調べてほしい。どうしても名前が知りたい。俺の知り合いかもしれないんだ」

真幸がこんなに狼狽えた声を出すのは、初めて飯塚組長と対面した時に聞いて以来だと思った。その時は飯塚組長にいっぱい食わされて笑い話になったが、今はそんな状況ではないと悟った。

『分かった。何時になるか分からないが、調べたら直ぐに連絡する』

泉水はそう言うと電話を切った。
真幸はもうそれにすがるしかなかった。


もう二度と離れないと決めたのに、もう二度と失いたくないと決めたのに。


こんな事で再び会えなくなるのは、もう耐えられないと真幸は思った。
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