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涙を拭い乙也の墓参りを終え工は立ち上がり、最後に墓前で手を合わせ静かに振り向いた。
そこには真幸が立っていて、白昼夢でも見ているのかと工は驚く。
だが本当に目の前にいてたじろいだ。

「…………頭」

工が真幸に声を掛けるが、真幸は工を睨んだまま一言も発しない。
工は目を伏せ、真幸が動くまでジッとしていることを決め込んだ。
しばらく沈黙が続き、真幸がはぁああと大きなため息をついた。

「俺から逃げられると思ったか?」

真幸がやっと口を開いた。

「…………逃げられるというより、ここまで追ってこられると思っていませんでした」

本音だった。
だが、どうしてここが分かったのかは直ぐに理解した。
おそらく、伊織だろうと思った。

「田嶋さんが見つけたんですね」

真幸を真っ直ぐ見て工は言う。

「そうだよ。お前のスマホにGPSを、真春にGPSを渡した時に仕込んでいたんだとよ」

真幸がそう言っても工は顔色一つ変えなかった。
もう、そんなことすらどうでも良かった。

「俺を探してどうしたいんですか?もう俺は役立たずですよ?」

おかしくもないのに工は笑う。

「お前が死にてーからか?」

工は頷く。

「馬鹿みたいに長く生きてしまいました。本当は、すぐに死ねば良かった。綺麗事言って、自分で死なない、なんて、何をほざいていたんだか」

またおかしくも無いのに、ふふふと工は笑う。

「お前が死ぬと厄介なんだわ。真春がお前の真似して後追いしかねないからな」

本気で真幸は言っている。

「それは頭が阻止してくださいよ。あなたはあの人の父親なんだ。我が子をみすみす見殺しにしないでしょ」

真幸は無言で工に近付くと、大柄の工の胸ぐらを掴んで屈ませる。

「どこまでも手こずらせるんじゃねーよ!クソガキがッ!」

真幸は怒鳴り、工の左頬を拳で殴る。殴られるのを分かっていながら工は逃げなかった。目を瞑り、まだ殴られても良いように屈んでいる。

「くそッ!いってーよ!馬鹿野郎がッ!」

真幸は殴った手をヒラヒラと振る。工は目を瞑ったまま笑う。

「馬鹿野郎ですよ。あなたが殴る価値もない」

「ああ、そうだよ。殴る価値はねーよ。でもな、真春には価値があるんだわ。お前のこと、本気で愛しちゃってんだよ」

真幸はそう言ってジャケットのポケットから煙草を出した。

「…………直ぐに忘れます。俺との間に何かあったわけじゃない。俺に冷たくされて、たまに優しくされたって喜ぶなんて、マジ、ドMすぎて笑える」

冷ややかに工は言う。

「じゃあ、笑えよ。お前も相当滑稽だしな。真春を愛してるから生きていられないんだろ?ざまぁねーな!死んだ男を愛してると言いながら、やっぱり生身の男の方が良いんだろッ!」

真幸の言葉は、工に突き刺さる。

「…………何を言ってるんですか?俺が心から愛してるのは乙也だけだ。真春さんを愛してる、なんて、頭の勘違いですよ」

工は笑えなかった。乙也への愛を冒涜されていると思った。

「俺は乙也だけしか愛せない。乙也の為に自分から死を選ばなかったんだ」

「じゃあ、なんで今更死のうとしてんの?矛盾しまくりじゃねーか!その乙也の為に最後まで全うしろよ。生きて生きて、地獄の苦しみを味わえよ」

真幸は言い放つと、煙草を咥えて火をつけた。

「…………疲れました。あなたのお守りも、真春さんのお守りも。だから乙也に会って癒して貰いたいんですよ」

「ああ言えばこう言うだな。いい加減認めろや!お前は逃げてるだけだろ?乙也って奴より、真春を愛してんだもんな!」

真幸の言葉に、工は何も言い返せない。
乙也の墓前で、なぜこんな事を言い合っているのか、まるで現実味がなかった。

「生きることに欲が出たんだろう?真春を抱きたいと思ったんだろ?下半身は正直だもんな。真春を抱き潰したいんだろうが!」

「…………もう、勘弁してください。もう放っておいてください。二度と真春さんに会うつもりはありません」

工は言い終えると真幸の横をすり抜けようとする。

「会えねーよな。認めるのが怖いんだもんな。真春を愛してると認めたら、自分が救えなかった男を、一生引きずりながら真春を愛することになるんだもんな。真春が可哀想だよな!」

工はギュッと拳を握る。
乙也を愛してると言いながら、真春が何度も浮かんでくる。

「…………言ってやれよ。真春によ。俺は乙也を愛しながら、真春さんを愛しますって。真春さんは乙也の代わりですって。代わりに抱いてあげますって」

「…………じゃない」

工が呟く。

「ああ?」

真幸が聞き返す。

「代わりじゃない!だから抱けないんだ!傷つけたくないんだ!俺は…………俺はッ!」

工はその先の言葉を飲み込んだ。

「もう認めろや。乙也よりも、真春を愛してるって」

真幸の声が工の胸に突き刺さる。
認めてはいけないと思いながら否定できない。

「どうして、愛してしまったんだと…………出会わなければ良かったと、この世界に入ったのは、死ぬためだったのに」

真幸はジッと、泣きそうに話す工を見つめる。

「それなのに…………生きる希望を見つけてしまった」

工はそう言って右手で両眼を覆う。
また涙が流れてしまいそうだった。
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