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「部下が残念がっていました。遠崎さんが男だと言ったら」

結局その夜に、疾風は水帆に誘われ居酒屋で飲んでいた。

「スーツを着なくなったせいか、よく間違えられるよ。つい最近も痴漢に遭ったばかりだ。もちろん捕まえたけどね」

楽しそうに水帆は言う。

「さすが元警察庁のエリート警視正」

茶化すように疾風は言った。

「その肩書きも懐かしいね。現場に出ることは一切なかったけどね」

ビールを飲み干すと、水帆はお代わりを注文した。

「前から聞きたかったんだが、椎野はなぜ刑事になった?」

興味があるという顔で水帆は尋ねる。

「父が刑事でした。俺が大学生の時、父は殉職しました。10年ほど前に上野で起きた白昼の通り魔事件、覚えてますか?出動して父が犯人を捕らえようとした時、犯人が刺そうと狙った女性を、身を呈して庇い父が頸部を切られました。その場で亡くなりました」

水帆もその事件を思い出した。
犯人は死刑囚として今も服役中である。

「父が亡くなった時、俺は刑事という仕事を憎んだ。赤の他人のために死ななければいけなかった父親を愚かだと思った。それを言った時、母に初めて叩かれました。お前はお父さんの何を見てきたんだって」

疾風もビールを飲み干した。お代わりを注文する。

「父の葬儀には、警察関係者と、今まで父に救われたという被害者や、更生した人で溢れかえりました。その時思った。父の死は無駄ではなかった。父は自分の仕事を全うしたんだと思った」

「それで、父親のような刑事になろうと?」

水帆の問いに疾風は首を振った。

「父親のような男になろうと思った。そして、父が生涯をかけた仕事を継ごうと刑事になりました。父のように人のために働き、人に慕われるような男になりたいと思った。でも、俺と父親では根本的に性格が違うと、刑事になってから気づきましたけどね」

疾風は自虐的に言って笑う。きっとこれは照れ隠しで言っているんだと水帆は思った。

「お父さんが好きなんだね」

優しく水帆が言う。

「ええ。仕事も家庭も大切にする父が大好きですね」

柔らかい表情で疾風も答える。
2人とも過去形は使わず、まだ疾風の父親が生きているように語った。

「椎野は結婚しないのか?もう子供がいても良い年だろ?」

「遠崎さんこそ、結婚は?」

答えられなかった疾風が逆に水帆に尋ねる。

「結婚したいと思ったことがない。赤の他人と暮らせる精神力が俺にはないね」

水帆の言葉に納得できた。
家庭向きではない。

「俺は、結婚というより、好きな男と暮らしたいと思ってますよ」

疾風はサラッとカミングアウトをした。
水帆がジッと疾風を見つめる。

「そっか。やはり君は、そっちの人間だったか。俺が椎野に惹かれたのは、その匂いを嗅ぎ取ったからだったのかな」

フッと水帆は笑った。
惹かれてると言われて、疾風はその意味が分からなかった。
恋愛感情的なのか分からなかった。

「何度か椎野と仕事をしていくうちに、椎野が気になっていた。抱かれても良いと思うくらいにね」

フッと妖しく水帆は笑う。疾風は口元のホクロを見つめてしまった。

「遠崎さんも、男が?」

水帆は首を振る。 

「女性しか抱いたことはない。男に興味を持ったのは、君で2人目。でも奴には抱かれたいというより、抱いてみたいと思った。でも椎野には」

水帆はそう言って言葉を切った。
その先は、もう言う事がなかった。
疾風が自分に興味がないことが分かっていたからだ。
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