BLACK & PINK(鳴かない杜鵑 spin off2)

五嶋樒榴

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Act.2《これが、初恋なんだね。》

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さくらんぼ保育園の教室で、園児の少女がつまらなそうに窓辺で外を眺めていた。
時刻は18時。
園児で残っているのは、この少女だけだった。

「美奈子ちゃん、実子先生と積木しない?」

保育士の山藤実子が声を掛ける。
美奈子は首を振るとただ外を眺めているだけだった。
実子は、このさくらんぼ保育園に勤めだしてまだ1ヶ月弱。
元は、光の園保育園で保育士をしていたが、光の園保育園が閉園になった事で園児達は転園し、人材不足のお陰で実子をはじめ他の保育士達も、直ぐに次の保育園の就職が決まった。
再就職先はまだ慣れない保育園ではあったが、天使のような子供達の笑顔に毎日癒され、元気いっぱいに働いていた。

「秀治兄ちゃん!」

突然、美奈子が大きな声を上げた。お迎えの兄を見つけ笑顔で玄関へ走る。
実子は美奈子が行ってしまったので慌てて後を追った。

「伊崎美奈子の兄の伊崎です」

秀治は実子に挨拶をする。実子は、美奈子の母親から兄が迎えに行くともう連絡を受けていたので、初めて見る秀治に美奈子を笑顔で引き渡した。
美奈子は嬉しそうに秀治と手を繋ぐと、とびっきりの笑顔で実子にバイバイをして帰って行った。
その姿に実子もホッとした。

「いつ見てもカッコいいのよねぇ、美奈子ちゃんのお兄ちゃん」

秀治達が帰っていくと先輩保育士が実子に言う。

「美奈子ちゃんのお父さんが仕事で遅い時は、お兄ちゃんがお迎えに来ているんですね。私は会ったの初めてです」

「会ったの初めてなんだ。カッコいいでしょ?アイドルでもおかしくないよね。お母さんは小料理屋さんやってるから、いつもはお父さんがお迎えだけど、お父さんがお迎えに来れない時はたまーに手伝ってるんだよね」

いつも美奈子の父のお迎えの対応しかしたことがなかったので、今まで秀治を見たことが無かったんだと実子は思った。

「あまり家庭の事情に口出したらなんなんだけどさ。美奈子ちゃんとお兄ちゃんて、お父さんが違うんだよね。だから一緒には住んでないみたい」

実子はその話を聞いて、まだ若く見えたが、秀治はいくつなんだろうと思った。どこか影がある気がした。
秀治は美奈子の手を握り、保育園から少し離れた繁華街の中の母親の店に帰ってきた。

「ごめんね、秀治。旦那がまだ仕事終わりそうに無いって言うから」

母親は申し訳ないと言った顔で秀治に謝る。

「良いよ、別に。直ぐに戻らないといけないからもう行くよ」

秀治はそう言って美奈子に手を振る。美奈子も笑顔で振り返すと小料理屋の奥の階段を上って行った。2階が住居になっている。

「あんた、たまにはご飯食べて行きなさいよ。どうせろくなもの食べてないんでしょ?」

秀治を見ながら母親は言う。

「大丈夫だよ。ちゃんと食ってるから。じゃあね」

秀治が出ていくと母親はため息をついた。
息子が今、どんな仕事をしてるかも正直分かっていない。
まさか、尾上組の構成員、ヤクザだとは全く知らなかった。
秀治は繁華街を抜けて駅に向かう。スマホが鳴って誰かと確認した。
組長の尾上雅楽と名前が出ていた。

「秀治です」

『おう。お前、今どこ?』

「お袋の店の帰りです」

『そっか。お前、車の免許持ってたっけ?』

「はい」

『直ぐこっち来てくれや。みんな出払っていて、運転手がいないんだわ』

珍しく、舎弟の増尾もいないんだと思い、秀治は急いで組の入っているオフィスビルに急いだ。
雅楽はヤクザと言っても頭脳派で、見た目は美形でただの経営者としか見えない。年齢不詳でもあった。
秀治は中学からグレて、出席日数ギリギリでなんとか卒業した。
雅楽との出会いは16歳の時。
不良グループとのケンカにたまたま居合わせた雅楽は、秀治の強さに惚れ込みスカウト。そのまま秀治は雅楽の子分になり組事務所の部屋住みを経て、現在は尾上が管理している組員用のアパートの1室で一人暮らしをしていた。
今は組の仕事以外に、前に雅楽の用心棒だった成城の後を引き継ぐために、伊丹が抱えている秘密の武闘派組織で修行中の身だった。
秀治は雅楽の元に到着すると、直ぐに雅楽を車に乗せた。

「どちらまで?」

シートベルトを締めながら秀治は尋ねる。

「銀座。エレンってクラブまで行ってくれ」

雅楽は言うと、煙草を吸いながら外の景色に目をやる。

「はい」

エレンは最近雅楽が通い始めたクラブだった。新しいイロができたんだと秀治は思った。
無免許時代が長かったせいか、18歳にして秀治は車の運転が上手い。
流石に銀座のクラブはまだ羽振りが良いのか、裏道は運転手付きの高級車が並んでいる。そこにも難なく秀治は縦列駐車をした。

「へぇ。上手いもんだな。俺の用心棒として独り立ちできたら、運転手兼用心棒だな」

雅楽はそう言って笑う。
秀治は雅楽を降し、クラブの前まで護衛すると車の中に戻って待機した。
スマホを出すと闇組織で行われている、空手の組手を録画したものを熱心に見つめた。

「やっぱ、ケンカとは違うな。破壊力ちげーわ」

秀治は画面を見つめながら、自分はもっと力を付けなければと思った。
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