BLACK & PINK(鳴かない杜鵑 spin off2)

五嶋樒榴

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Act.1《危険な香りの男性が、初めての男-ヒト-でした。》

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松下組も流石に大人しくなり、目立って尾上組に挑発する事はなくなった。

「あのガキの家を買い取った。名義はもう死んだ旦那からあのガキの母親が相続してたんでな。流石に自分がマワされた家には二度と住みたくないだろ。あの保育園とも隣接してたし丁度いいしね」

どうせ買い叩いたなと成城は思った。

「じゃあ、ガキは母親に返すんですか?」

やっと子守から解放されると成城はホッとした。

「あの土地の買主をまた探さないとならねぇんだよ。流石に殺人事件のあった土地だ。直ぐには売れねえだろ。とりあえず近いうちに相続登記させて、借金のカタにそのままこっちに所有権を移す。それまではガキを見張ってくれ」

難しいことを言われても成城には何のことか分からなかったが、まだ子守をさせられるのかと本当にうんざりだった。

「別に俺がもう面倒見る必要はないですよね。他の奴に頼んでくださいよ。俺は組長の用心棒だ」

成城がそう言うと雅楽は笑う。

「お前が1番安全なんだよ。あのガキに欲情しないのはお前ぐらいだろ。とにかくあの土地を手に入れるまでは、ガキに元気でいてもらわねぇと困るんだよ」

雅楽の言う事は確かに一理ある。
流石に雅楽の女にゆあを任せるのも不安だった。


 不安?
 何が?


つい不安と思った成城は自分が分からなくなった。
別にゆあがどうなろうと成城には関係ない。
ただ微妙な距離での生活で、成城の中でゆあの存在が何か変わってきていた。
それはゆあも同じだった。
一緒のベッドに寝たあの日から、ゆあの中でも成城に対して気持ちが変わってきた。
まるで夢だったかのような成城の優しい言葉を思い出すと、撫でられた髪にときめきを感じてしまっていた。
あの夜から一緒のベッドに寝るようになったが、もちろん成城はゆあに何もしない。
髪を撫でることもしない。
成城の優しさに触れたくて、ゆあは毎晩期待するようになっていた。
成城が戻ると、ゆあは嬉しくて玄関まで出迎える。

「話がある」

成城は帰るなりゆあにそう言った。

「お前の家を組が買い取った。荷物を明日にでも取りに行く」

成城の言葉にゆあは涙が溢れた。
まだ父親が生きていた頃の、3人で暮らしていた楽しい思い出が蘇る。

「私、ママの所に行けるんですか?」

「まだ少し時間はかかるがな。とりあえずお前の荷物を運んで高校にも通える。全てが落ち着いたら母親のところに返してやる。だからそれまではここで大人しくしてろ。お前が勝手なことしたら、母親がどうなるかもう十分怖い思いして分かってんだろ?」

成城の脅しの言葉を聞いて、ゆあもこの家を勝手に出ていく気もなかった。
そして近いうちに母親の元に行けるとゆあはホッとした。
ただそれと同時に、何故だか成城と離れる寂しさもあった。

「今夜はこれから出掛ける。先に寝てろ」

ゆあを四六時中見張らなくても済んだので、成城は女の家に行くことにした。

「……女の人のところですか?」

ゆあが小さな声で尋ねる。

「ああ。お前もあの声聞かされるの苦痛だろ。もうお前のいる所で女は抱かねぇから」

自由になったはずなのに、ゆあはなぜか心が苦しかった。
夜に成城が出かけていくことが不安だった。

「……夕飯、すぐ温め直しますね。お買い物も、私が行けるようになるんですか?」

「好きに行けば良い。ただし、余計な寄り道はせずにさっさと帰ってこい。それと見張りは付くからそれは諦めろ」

雅楽の下っ端が、ゆあが外出するときには見張ることで成城は昼間も自由になれる。

「結局、本当の自由ではないんですね」

ゆあが悲しげに漏らすと成城はゆあを見つめる。

「もう少しの我慢だ」

成城がそう言うとゆあはキッチンに向かい夕飯の支度を始めた。
直ぐに夕飯がテーブルに並べられた。

「お前が飯作るようになって、キッチンに食器やら家電が増えてゴチャゴチャしてきたな」

いつの間にかカウンターには炊飯器とミキサーが増えていた。
ゆあが成城に頼んで、必要最低限の家電を買ってもらった。

「……私が出て行ったらお兄ちゃん、また食事不規則になるんでしょうね」

ゆあがポツリと言う。

「だな」

成城は味噌汁を啜る。

「…………美味しいですか?」

ゆあが初めて味の感想を求めてきた。

「…………旨いよ」

成城が答えるとゆあは笑顔になった。
成城はただ黙々と夕飯を食べた。
食事が済むと成城は出掛ける準備を始める。ゆあは食器を洗いながらその姿をチラチラ見た。

「外寒いのに、本当に出掛けるんですか?」

ゆあが声をかけると成城はゆあを見る。

「遅くまで起きてるなよ。何があっても鍵を開けるなよ」

成城はレザーコートを着てリビングを出て行った。
ゆあは食器を洗いながら寂しくなって涙が溢れてきた。
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