優しいあなたは罪な人

五嶋樒榴

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前に進む勇気

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他人事のように淡々と語る、千秋の冷静さに龍彦は腹が立って仕方ない。

「随分余裕ですね。自分がした事に、反省も後悔もしていないように見えますよ」

千秋はビールを飲むと一呼吸して龍彦を見る。

「感情的に話したって仕方ないだろ?俺はお前に頼まなければ美紅を守ってやれないんだ」

「美紅を守るのは西川さんじゃない。俺です」

感情剥き出しの龍彦に千秋は笑う。

「何がおかしいんですか?」

「美紅のことになると、全く余裕がないんだな。そんなんで、美紅はお前のそばで安心できるの?」

千秋の言葉に龍彦はカッとなる。
美紅の不安を除こうと、足掻いている姿を見透かされているようで悔しい。

「大丈夫ですよ。少しずつ美紅も不安が消えて来てる。だから俺は、裏切られる事に怖がってる美紅に、愛情を示し続けるだけです」

沙優からも美紅への態度は注意されている。
でも焦って見えようがカッコ悪く見えようが、美紅を全力で愛したいと思っている。

「俺は何があっても美紅を傷つけません。俺は西川さんとは違う。誠実そうなフリして美紅に近づいて、そのくせ他の女と浮気する男ではないですから」

千秋は図星すぎて何も言い返せなかった。

「……俺にもっと勇気があれば」

龍彦は後悔していた。

「もっと美紅に積極的になれば良かった。それでも西川さんと美紅が結婚したら仕方なかったけど。でももしかしたら、俺がもっと早くに美紅に愛情を示していたら、美紅に振り向いてもらえたかもしれない。結婚を食い止めることができたかもしれない。そうすれば美紅は苦しまなかった」

たらればの話なのは龍彦も分かっている。

「そんなに前から美紅を好きだったのか?」

千秋は全く気がついていなかった。龍彦の美紅への態度は、ただ仲の良い同僚に対するものだと思っていた。
今回の件で急接近したのだと思っていた。

「初めはただの同期の一人としか思ってなかったですよ。でも同じ部署であいつと関わっていくうちに好きだって思った。でもなんか素直になりきれなくて。気がついたら美紅は西川さんと付き合いはじめた」

「俺も本気で美紅を愛してる。今だって愛してる」

時を戻せるなら、美奈子に近づいたあの時の自分を殴ってでも、美紅を裏切ることはさせなかったのにと千秋は思う。

「愛してる男が浮気ですか?説得力がない」

至極真っ当な龍彦の言葉に、何を言っても無駄だと千秋は再び黙る。
龍彦はもう話すことはないと、スーツの内ポケットから財布を出した。

「美紅は西川さんの連絡先を全て消しました。だから美紅に今後一切連絡しないでください。西川さんから連絡があれば、何があったのかと美紅が不安になる」

龍彦は一万円札をテーブルの上に置き、先に席を立つと店を出て頭を冷やす。
この感情のまま美紅の元には帰れないと思った。
美奈子の存在を黙っているのは、いくら美紅を守るためとはいえ、美紅に秘密を作ってしまう事に罪悪感があった。
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