優しいあなたは罪な人

新しい時が流れる

１７

千秋は龍彦をチラ見する。
仕事の会話もほとんど無いので、話しかけても不自然になってしまう。
環から聞いた美紅が付き合いだした恋人が、おそらく龍彦なのは分かっているが、それを直接尋ねることはできずに躊躇う。

「了解です。連絡お待ちしてます」

龍彦は伊藤との電話を切って、千秋の視線に気付きながらも千秋の方には向かない。
朝から幾度となく視線を感じ、何か言いたそうなのは分かっていたが、おそらくは美紅のことなのであえて話しかけはしなかった。
美紅と付き合ってることを、わざわざ千秋に報告する義務もないからだった。

「西川さん。これ、ちょっと聞いても良いですか？」

女子社員が千秋のそばに寄る。
独身に戻った千秋は、昔のように女子に人気があった。
女子社員から見た龍彦はクールなイメージで近寄り難いが、千秋は部下以外の女子には優しい。

「ああ、これは、こうした方がいいかな。その方が見やすいから。前に似た案件があったな」

千秋はアドバイスしながら自分のファイルを開いた。

「こんな感じ？」

「スッキリして見やすいですね！参考になります」

「良かったらコピーしていいよ」

女子社員は受け取ったファイルをコピーして千秋に返した。

「ありがとうございました」

女子社員が頬を赤らめて千秋から離れる。
結局、離婚は千秋にとってマイナスにはなっていなかった。
離婚原因は千秋の不倫だが、千秋もわざわざプライベートな事をペラペラ喋るつもりはない。
逆に憶測で美紅に問題があったのではと、千秋派の女子社員に有る事無い事悪く噂を立てられるのも嫌だったからだ。
もちろん噂なので、千秋も龍彦もそれに対してムキになることはないが、きっと何を言っても無駄で、ただ火に油を注ぐだけだと分かっていた。
それが予想されるので、余計に龍彦は美紅と付き合ってることを公にしたくない。
自分が悪く言われるのは構わないが、美紅が悪者にされるのが嫌だった。

「何言ったって無理だしな」

龍彦は呟くと書類に目を通した。

「なんか言った？」

同僚が声を掛けてきて、龍彦はそちらに顔を向けた。

「あ、別に。ただの独り言」

「なんか悩んでるなら聞くぜ」

「別に悩んでるわけでもないない。仕事のことだし」

龍彦は誤魔化して仕事に取り掛かる。
千秋も龍彦を見ないように仕事に集中した。