お前の唇に触れていたい

五嶋樒榴

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郁也の気持ち

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郁也は松田と居酒屋で飲んで、松田の部屋に来ていた。
「あれが元彼?」
松田の言葉に郁也は頷く。
「あいつが忘れられなくて、俺を焦らしてるわけだ」
松田は苛立って郁也に言う。
「焦らしてるとかそう言うことじゃない。俺はちゃんと言っただろ。お前の気持ちに応えられないって」
郁也はそう言って松田の顔を睨む。
「お前が福岡に行って、悩んで俺を福岡まで呼び出したよな。俺の気持ちなんてとっくに知ってて、福岡まで呼び出したことぐらい分かってた」
「あの時はごめん。本当に辛かった。慣れない土地で、言葉も文化も違って。あいつとも別れたばかりだったし」
松田はフッと息を吐いた。
「まさか、まだ元彼を忘れられないとかね。さっきの若い男が元彼の新しい彼氏?」
郁也は頷く。
「多分。見てみたいと思ってたけど、まさか本当に見ることがあるなんて思ってなかった」
悔しそうに郁也は言う。
なんとかして橋元を取り戻したいとは思っていた。
でも本心では礼央を見たくなかった。
「俺じゃダメか?お前が男しか恋愛対象じゃないって分かった時から、俺はお前を本気で好きになった。本当は福岡に行った時、お前を俺のものにしようとしてた」
松田の言葉に郁也は首を振る。
「今夜この部屋に来たのも、ちゃんと断ろうと思った。俺、やっぱりあいつが好きなんだ。どうしてもあいつを忘れられない」
郁也はそう言うと立ち上がった。
「ごめん。俺、もうお前とふたりで会わない」
郁也はそう言って玄関に向かう。靴を履こうと壁に手を当て体を支えた。
松田が郁也を背後から抱きしめた。
「好きだ。お前が振り向いてくれるまで、俺は諦めない」
「……………それ、重い。って、俺もそうか。俺の方が、ずっと重いわ。無理な相手に縋って」
郁也の声が震えている。松田は何も言わずだだ郁也を抱きしめる。
「……………………もう終電ないだろ。泊まって行けよ。何もしねーから」
松田はそう言って郁也から離れた。
「タクシー拾って帰る」
「この辺、タクシー拾えない。呼んでやる」
松田はそう言ってスマホをスーツのポケットから出した。
「俺のどこが好きなわけ?ウジウジしてて、いつまでも昔の男を忘れられなくて」
「全部だ」
松田は即答した。
「全部好きじゃなきゃ、福岡まで行くか。バーカ」
松田の言葉に郁也は笑う。
「……………バーカって言う方がバカなんだ」
郁也は松田のスーツの上着を握った。
「うん。俺、バカだもん。でもお前よりは賢いけどな」
松田の言葉にムッとしながら郁也は松田のスーツから手を離し部屋に戻った。
「泊まってってやる。ただし何もしねーつったんだから何もすんなよ」
郁也が言い放つと松田は笑った。
「ああ。その代わり、俺を好きになったらちゃんと告白しろよ。それまではまだ焦らしプレイに付き合ってやる」
松田がソファに座って郁也に言うと、郁也はプイッと顔を背けた。
「ドM!」
郁也は照れながら言った。
「バーカ。どうせドMはお前だろ。おい、立ってるついでにビール持って来いよ」
「なんだよ、その言い方!ムカつくなッ!」
反論しながらも郁也は冷蔵庫からビールを2本出して松田に1本渡す。
でも、そんなやりとりができる松田に、郁也はとても気持ちが安らげた。
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