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ロク

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摂子が戸灘の家に帰ると、正二は昼間に美都子がやって来て、摂子と一彦の縁談を進めるつもりだと話した。

「美都子はどうしても、摂子と一彦を結婚させたい様だ」

「突然で頭が整理できません。私、誰とも結婚なんてするつもりないです」

摂子は青白い顔でそれしか言いようがなかった。

「正直に言うと、最初は俺と摂子を結婚させようとしていたんだ。勿論俺はそんな気はさらさら無い。摂子が嫌いとかそう言うことじゃ無いぞ?この関係が俺には居心地がいいからだ」

正二の事は今では本当に、歳の離れた兄の様に摂子も慕っている。
あの野獣の様な戸灘の息子だと信じられないほどに。

「……美都子は、鷹雄さんが摂子を可愛がる事に腹を立てているんだろうな。それで、無理矢理こんな話を進めようと躍起になってるんだ」

やはり正二にも、美都子の嫉妬はバレていると摂子は思った。

「小さい頃から美都子さんは私の事が大嫌いだったんです。だから、私が鷹雄さんの前から居なくなればいいと思ってるんです」

「俺は、摂子が一彦と結婚したく無いなら無理に結婚させるつもりはない。一彦だって、美都子の思惑に乗って無理矢理結婚したいとは思ってないさ」

この家に移ってからの一彦を見て、もう昔の感情だけで動く一彦では無いのはよく分かっている。
優しい大人になった一彦を、巻き込んでしまった事が摂子は心苦しい。

「私、美都子さんがどう言おうとかず君と結婚しません。何があっても、誰とも結婚しません。正二さんにご迷惑がかかる様なら、この家もいつでも出て行きます」

美都子の執念深さは、嫌と言うほど摂子は身に染みて分かっている。
万が一にも鷹雄との関係がバレれば、何も知らず摂子を匿ってくれている正二と美都子の関係も、更に悪化しかねないと思った。

「摂子。お前は俺の妹だ。何も心配しないでこの家に好きなだけいればいい。美都子と俺は、どうせもう元の兄弟には戻りはせんから」

摂子の思いをまるで読んだように、正二は優しく言葉を掛けた。

「正二さん」

鷹雄のおかげで正二とも良好な関係を築けて、本当に自分は恵まれていると摂子は思った。
今は鷹雄が愛してくれるなら、どんなに美都子に嫌われても、嫌がらせをされても、じっと耐えて日陰の身でいるしかないと思った。
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