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ロク

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鷹雄が目覚めたことは、摂子が帰った後に美都子にも伝えられた。
喜ぶ美都子は直ぐに鷹雄の元へ行き、摂子は再び鷹雄のそばには近づけなくなってしまった。
それから1ヶ月ほど経ち退院も決まり、やっと鷹雄も自由になれるとホッとした。

「あー、本当に良かったわ。やっぱり鷹雄は不死身よね」

嬉しそうに美都子は退院の準備を始める。

「そんな訳あるか。今回はたまたま運が良かっただけだ。犠牲になった子分らを思えば、俺が守れんかったのが悔しいわ」

「馬鹿ね。死んだらおしまいでしょ。私は鷹雄が無事だったことだけで良いのよ」

美都子が鷹雄に抱きつき、そのままキスをする。
鷹雄はされるがまま唇を吸われるが、固く閉じた唇は、美都子をそれ以上は拒絶した。

「……しばらくはおとなしくしていてくださいよ。誠竜会の会長でもあるんですから、無理したら組のモンだって落ち着かないでしょ」

美都子は鷹雄から離れると、ボストンバックに荷物を詰め始める。

「ああ、しばらくは休ませてもらう。ちゃんと動けるようになるまでは家で隠居生活だ」

鷹雄の意外な言葉に美都子は驚く。
鷹雄の事だから退院すれば、また愛人達の元へ行ってしまうと思っていた。

「何や?俺の顔に何か付いとるか?」

美都子はハッとして首を振る。

「い、いいえ」

今回の事で流石の鷹雄も、余程精神的に参っているのかと美都子は思った。

「そうよね。今まで走りすぎていたのよ。怪我が完治するまでゆっくりしましょうね」

美都子は嬉しそうに荷物をまとめた。
鷹雄はベッドの上で天井を見つめる。
頭の中は摂子の事だけだった。
生きて、再び摂子と会えた事に鷹雄の気持ちはずっと高揚していた。
この世界にいる以上、いつ死ぬか分からない。
そんなのはとうの昔に覚悟していた事だったが、正二の家に移ってから久しぶりに見た摂子を、もう二度と離したくないと鷹雄は思ってしまった。
今回は無事だったが、いつか死んでしまうのであれば、もう自分を偽るのは辞めた。
目覚めた時に、摂子の顔を見て思った。

「愛しとる」

「え?何か言った?」

美都子は鷹雄が何かを呟いたと思い反応した。

「……いや、何でもない」

もう、鷹雄は自分に嘘はつけなかった。
摂子を愛している。
誰にも渡したくない。
自分の気持ちを、摂子に告げる覚悟を決めた。
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