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摂子は橋の支柱に掴まり欄干に立ち、迷いながらも飛び込もうとしていた。
本当は死ぬのが怖い。
でも、もう鷹雄にも合わせる顔が無いと思った。
死の恐怖と、鷹雄への思慕との葛藤で、心は大きく揺れ動いていた。

「摂子!」

鷹雄が叫ぶと、涙を流し虚な目の摂子が、驚いた顔で鷹雄と舎弟達を見た。

「……鷹雄さん」

「寒いだろ!早よ、家に帰るぞ」

鷹雄は摂子を刺激しない様に笑顔を作って見せるが、摂子は泣き笑いの顔で首を振る。

「……いつまでもそばにいてごめんなさい。鷹雄さんとしんちゃんと暮らせて、私の人生、良かったって思ってる」

「馬鹿かッ!そんなんまだまだ人生語るほどのもんかッ!まだ幸せになっとらんじゃないか!」

「ううん。十分幸せだったよ」

摂子は恥ずかしくて仕方ない。
愛する鷹雄や真一に、これ以上生き恥を晒していたくなかった。
鷹雄は急いで摂子に近付き、欄干から飛び降りようとする摂子の腰に手を回し間一髪で抱き締める。

「お前が飛び込むなら俺も飛び込む。そしてお前の手を握って俺も一緒に死ぬ」

鷹雄の言葉に摂子は胸が痛む。
今無理をして飛び込んでも、絶対に鷹雄が飛び込んで助けてくれると分かっている。
真一のためにも、鷹雄にまで危険な事をさせられなかった。

「鷹雄さん。離して。私はそんな資格ない。私がいなくなればみんな元の生活に戻るだけだよ」

「違う!お前がおらんと元の生活になんて戻れん!」

鷹雄は摂子が抵抗しないので、そのままギュッと抱き締めた。

「守ってやれなくてすまん!俺は自分のそばにお前を置くことで、美都子から守ってやれてると思っとった!何も知らず、お前の笑顔の裏の泣き顔に気づかんでやれずに本当にすまん!」

摂子を決して離さず、鷹雄は摂子が戸灘から受けた事を謝り続ける。

「違う!鷹雄さんが悪いんじゃないッ!私が、私がッ!」

「もう、何も言うな!もういい!」

ギュッと抱きしめる力をより強くして鷹雄は摂子を離さない。
自分にとって摂子が愛おしい存在で、本気で愛していると、この時鷹雄は気付いてしまった。
だが、その気持ちを吐き出せば摂子は美都子の逆鱗に触れ、何をされるかわからない。
鷹雄は抱きしめたまま、自分の気持ちは押し殺し、隠し続けることを決めた。
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