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摂子は家を出て庭に目を向けると一彦が立っていた。

「せっちゃん、おはよう!」

子供の時の悪ガキも、もう高校1年になっていて、摂子の通う女子校の隣の男子校に通っていた。
一彦は、女子校の生徒からも人気のある男子に成長していたせいで、そのやっかみを摂子は受けることがあるがそれはうまく流せていた。

「おはよう、かず君」

毎日一緒に途中まで通う。それはまるで摂子を守っているように見えるのだった。
摂子は見た目のせいで、いまだに嫌がらせをされることも多い。反面その美貌から、男子学生の中で密かに人気もあった。
変な虫がつかないように、それも一彦は守っていた。

「せっちゃん、今日家に帰ったら一緒に勉強しないか?俺んちに来いよ。せっちゃんに勉強教わりたいし」

摂子は一彦に誘われて首を振る。

「私が教える必要ないでしょ?かず君のお母さん、かず君がとても勉強ができるって嬉しそうだったよ」

母親が、自分のことを自慢していると聞き一彦は恥ずかしくなった。 

「来ないのはどうせ真一だろ?せっちゃんは昔からそうだよね。真一が羨ましいよ。せっちゃんに相手してもらえて」 

悔しそうに一彦が言うと摂子は笑う。

「だってしんちゃん可愛いんだもん。しんちゃんがいてくれて私、幸せなの」

嬉しそうに摂子は言う。本当に幸せそうに摂子は笑う。

「……鷹雄さんの子供だもんな。そりゃ可愛いよな」

含みのある言い方を一彦はするが、その意味を摂子は分かっていなかった。

「うん。鷹雄さんの息子だから、将来きっとカッコよくなるよね」

天真爛漫な摂子に、一彦は胸がチクチクする。
摂子が鷹雄を好きだと思っている。

「鷹雄さんには美都子さんがおるんだよ?せっちゃんは鷹雄さんとッ」

一彦はそれ以上は口を閉じた。
鷹雄に対する摂子の気持ちを自覚させたくなかった。

「俺がそっちに行くわ。それなら良いだろ?俺もちゃんと真一の面倒見るし」

一彦がそう言うと摂子はにっこり笑う。

「鷹雄さんに今朝、チョコレート貰ったの。しんちゃんと2人で食べる約束してたけど、私の分半分、かず君にあげるね!3人で仲良く食べよう」

摂子の誘いに一彦は微笑む。チョコレートはどうでも良いが、そう言ってくれた摂子の優しさが一彦は嬉しかった。
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