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次の日、台所で女衆と真一と朝食をとっている摂子の前に鷹雄が現れた。
摂子と真一は座ったまま振り返り鷹雄を見る。

「おはよう」

「おはようございます」

鷹雄を見てみんなが頭を下げて挨拶をする。摂子の前に鷹雄が膝をつき、摂子の隣に座っている真一の頭を撫でる。

「毎日良い子にして偉いな。ほれ、お土産だ」

鷹雄は優しい目を真一に向け、チョコレートを真一に渡す。

「わぁ!チョコレートだ!チョコレート大好き!」

目を輝かせて喜ぶ真一に微笑みながら、次に摂子を見た。

「学校から帰ったらおやつに一緒に食え。真一が食べすぎんようによく見てくれな」

優しい笑顔の鷹雄に、摂子は頬を染めてコクンと頷く。

「いつもありがとう」

摂子の笑顔に鷹雄は癒される。
この笑顔を再び見るために、毎日家に帰ってきているようなものだった。

「学校はどうだ?俺は高校なんて行っとらんから、勉強するっちゅーのがよう分からんわ」

あははと鷹雄は笑う。

「勉強、楽しいよ。友達も少しだけできたし。まだすこーしだけ意地悪されるけど」

素直に摂子は言った。
摂子ももう17歳。女子校の2年生になっていた。
子供の時のようないじめは受けていなくて鷹雄もホッとする。

「一彦と毎日学校行っとるんだろ?」

「うん。子供の時と違って、かず君も大人になったよ」 

茶化すように摂子が言うと鷹雄も笑う。
ガキ大将も、今は落ち着いたかと安心した。

「それでも何かあったらすぐに言え」

「本当に大丈夫よ。戸灘の家のモンだって知れ渡ってるから、誰も酷いことしないから」 

そういうところは、周りも大人になったんだと鷹雄も安心した。
目の前の鷹雄を見て摂子はずっと微笑む。
ずっと変わりなく、鷹雄だけはずっと優しく接してくれて、摂子はそれだけで十分幸せだった。
しかし、そのやり取りを美都子は目撃すると、カッとなって台所に入ってきた。

「おはようございます」

美都子に気がついた女衆が頭を下げて挨拶する。

「私たちの部屋の食器をさっさと下げて頂戴!あなた!用が済んだのなら行きましょう」

美都子は摂子を睨む。

「せっちゃん、早く学校に行ってらっしゃい!全く、いつまで経ってもグズなんだから」

美都子は苛立ちを摂子に当たり散らす。摂子は自分と真一の分の食器を下げると洗い始めた。

「美都子、もっと」

優しくしろ。と言いかけて鷹雄は言葉を止めた。
言ったところで聞くわけもなく、摂子が辛い目に遭うことが分かっているからだった。
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