上 下
33 / 81

2

しおりを挟む
美都子が夕飯を終えても、鷹雄は家に戻ってこなかった。
今日はどこの女かと、イラつく気持ちで美都子は一人寂しく夜を過ごす。
時間だけが虚しくすぎてゆく。

「姐さん。会長が戻りました」

鷹雄の舎弟の声に、美都子は急ぎ紅を引き直すと、パタパタと玄関まで出迎えにいく。
鷹雄は酒が入っていて、機嫌が良さそうだと美都子は思った。

「お帰りなさいませ」

「ああ。ヤス、部屋に水を持ってきてくれ」

鷹雄は、共に帰ってきた舎弟のヤスに命じてスタスタと部屋に向かうが、摂子の部屋の前で歩を止めた。

「摂子はもう寝てるんか?」

「もう寝ているんじゃないかしら」

鷹雄は腕時計を見る。

「そうか。じゃあ、明日にするか」

鷹雄がそう言って部屋に入り美都子も続く。

「また、せっちゃんにチョコレート買っていらっしゃったの?」

美都子が尋ねると、鷹雄は服を着たままゴロンと布団に横になる。

「真一とおやつにと思ってな。子供ん頃から好きやったからな」

鷹雄は目を瞑って言う。

「せっちゃんももう高校生よ。全く、いつまで経ってもせっちゃんに甘いのね」

皮肉まじりに美都子は言う。

「美都子」

鷹雄は美都子の手首を握って自分に引き寄せる。

「俺が帰ってくるってちゃんと口紅つけとんだな」

鷹雄に見つめられて美都子は頬を染める。

「だって、ちゃんと綺麗にしておかないと、あなたが帰ってこなくなったらって」

不安に思っていることを美都子は言う。

「すみません、水お持ちしました」

廊下からヤスの声が聞こえて、鷹雄は美都子の手首を離した。

「おう、入れ」

美都子は良いところに邪魔が入ってヤスをキッと睨みつける。美都子の喜怒哀楽には慣れているヤスは、全く無視して鷹雄に水の入ったコップを渡した。

「真一は寝とるか?」

水を一気に飲み干すと鷹雄はヤスに尋ねる。

「へい。誰かしらそばにおるんで真一も逞しくなってきましたわ」

鷹雄は真一と顔を合わすことがほとんどない。
真一は、朝食は摂子と食べて、摂子が学校に行っている間は鷹雄の子分が面倒を見る。そして夕飯も摂子と共にした後は、子分たちと別棟で眠る。
親子と言っても、ほとんど一緒に過ごす時間などなかった。

「もう下がっていい」

鷹雄が言うと、ヤスはコップを持って部屋を出て行った。
美都子は直ぐに鷹雄にしなだれ掛かる。

「風呂、入ってくる。先に寝てていいぞ」

鷹雄は立ち上がって部屋を出る。

「お背中、流すわッ!」

美都子が追うが、鷹雄は笑顔で首を振る。
笑顔だが、目は笑っていなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

彼女が望むなら

mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。 リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。

ヤクザの監禁愛

狭山雪菜
恋愛
河合絵梨奈は、社会人になって初めての飲み会で上司に絡まれていた所を、大男に助けられた。身体を重ねると、その男の背中には大きな昇り龍が彫られていた。 彼と待ち合わせ場所で、落ち合う事になっていたのだが、彼の婚約者と叫ぶ女に、絵梨奈は彼の前から消えたのだが… こちらの作品は、「小説家になろう」にも掲載されております。

旦那様のお望みどおり、お飾りの妻になります

Na20
恋愛
「しょ、初夜はどうするのですか…!?」 「…………すまない」 相手から望まれて嫁いだはずなのに、初夜を拒否されてしまった。拒否された理由はなんなのかを考えた時に、ふと以前読んだ小説を思い出した。その小説は貴族男性と平民女性の恋愛を描いたもので、そこに出てくるお飾りの妻に今の自分の状況が似ていることに気がついたのだ。旦那様は私にお飾りの妻になることを望んでいる。だから私はお飾りの妻になることに決めたのだ。

辺境騎士の夫婦の危機

世羅
恋愛
絶倫すぎる夫と愛らしい妻の話。

〖完結〗もうあなたを愛する事はありません。

藍川みいな
恋愛
愛していた旦那様が、妹と口付けをしていました…。 「……旦那様、何をしているのですか?」 その光景を見ている事が出来ず、部屋の中へと入り問いかけていた。 そして妹は、 「あら、お姉様は何か勘違いをなさってますよ? 私とは口づけしかしていません。お義兄様は他の方とはもっと凄いことをなさっています。」と… 旦那様には愛人がいて、その愛人には子供が出来たようです。しかも、旦那様は愛人の子を私達2人の子として育てようとおっしゃいました。 信じていた旦那様に裏切られ、もう旦那様を信じる事が出来なくなった私は、離縁を決意し、実家に帰ります。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全8話で完結になります。

処理中です...