貉達の燔祭 （鳴かない杜鵑 spin off３）

ニ

2

「摂子？摂子」

鷹雄の声に摂子はハッとした。
真一をあやしながらも、摂子は心ここに在らずだったのだ。

「なんか最近、ボーッとしとるな。どこか具合でも悪いんか？元気もない時が多い」

心配そうに鷹雄は摂子に尋ねる。

「……あ、うん。なんでもないの。そのッ………………」

摂子が中学で虐めを受けているのを鷹雄も知っている。
それでも鷹雄が中学に出向き、虐めをしている親に脅しをかけ虐めは収まってきているはずだった。

「まだ虐められとるんか？どこのガキだ？」

摂子は鷹雄の顔をジッと見た後、諦めの顔で首を振る。

「学校じゃない」

摂子の言葉に、鷹雄は美都子の顔が浮かんだ。
その美都子は今朝から熱を出し、念のために病院に行って今は屋敷にいない。

「美都子さんか。全く」

「……私が悪いの。この家にいつまでもいる私が悪いの」

か細い声で震えながら摂子は言う。
鷹雄は摂子が不憫すぎて、優しく頭を撫でる。

「摂子は悪くない。オヤジが望んで摂子をこの家に連れてきたんだ。色々辛いことがあっても、なんでも俺に言え。そりゃ美都子さんの事とか言いにくいだろうがな」

摂子は美都子の事を絶対悪く言わない。
言わないから余計に美都子の冷たい態度が鷹雄の目に浮き彫りになる。

「ありがとう。鷹雄さんとしんちゃんがいれば、私は………………」

そう言いながら摂子は涙をポロポロ落とし始めた。

「摂子？」

びっくりして鷹雄は摂子を見る。
摂子の涙に、鷹雄は目の前の小さな摂子が可哀想で、腕の中に無意識に抱きしめてしまった。
摂子は鷹雄に優しく抱きしめられたが、身体を大きく震わせて鷹雄の腕から逃げだす。

「あ、すまん。驚かせたな」

我に帰った鷹雄は摂子を見る。
摂子は唇を固く閉じ、鷹雄の部屋から逃げるように走り去った。
鷹雄はガシガシと頭を掻き、自分の迂闊な態度を反省する。
摂子ももう14歳の年頃の娘で、外国人の血が入っているせいか、日本人の同じ年頃の娘よりも身体が発達していると思った。
思わず抱きしめてしまったが、摂子の身体はもう子供の体型ではなかった。

「そうだよな。いつまでも子供じゃないよな。きっと、好きな男でも出来たんだろうな」

鷹雄は少しだけ寂しい気持ちで真一に呟く。
そばにいた真一が、鷹雄の膝に手を乗せそのまま立ち上がる。
もう直ぐ2歳になる真一は、歩くのも上手になって目が離せない。
少しだが言葉も話すようになっていた。
真一だって成長しているのだ。摂子が大人になっていくのも、もう直ぐなんだと鷹雄は実感する。
そして摂子は、鷹雄の部屋から走って自分の部屋に戻ると、座り込んで顔を覆って泣き始めた。
鷹雄に抱きしめられたことが嬉しかったのに怖い。
優しい腕だったのに怖かった。

「ごめんなさい。ごめんなさい」

摂子は鷹雄の顔を思い浮かべて、突き放してしまったことに、ごめんなさいを連呼しながら泣き続けた。