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イチ

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夕方になり、摂子は粥を真一に食べさせながら優しく見つめる。

「摂子、いつも真一を見てくれてありがとうな」

仕事を終えた鷹雄が部屋に戻って来て摂子に礼を言うと、摂子は嬉しそうに笑顔になる。

「よしえさんみたいに、私はしんちゃんにお乳を飲ませてあげられないからこれぐらいしかできないけど、しんちゃんが機嫌よく笑ってくれると、私、本当に嬉しいんです」

よしえとは鷹雄の兄貴分の妻で、数ヶ月前に子供を産んでその母乳を真一にも授乳してくれていた。
真一の吸いつきがいいので、乳の出が良くなって助かると言ってくれるので甘えさせてもらっている。

「摂子は本当に子供のあやし方も上手だな。真一も俺より摂子に懐いちまって。摂子が自分の子を産んだら、きっと良い子に育つんだろうな」

鷹雄が言うと摂子は悲しそうに笑う。

「誰も私をお嫁になんて欲しくないだろうし、子供が産まれてもきっとその子も嫌われる。私に似たら虐められるもん」

摂子の言葉に、鷹雄は大きな掌を摂子の頭に乗せて優しく撫でる。

「摂子の子はきっと摂子に似て優しくて可愛い子だよ。摂子が大人になる頃には、きっともっと良い時代になってるよ」

鷹雄は摂子を優しい目で見つめる。

「…………だと、良いな。いつか好きな人の赤ちゃん、私にも授かるのかな」

照れながら頬をピンク色に染めて摂子は言う。

「ああ。きっと摂子を大事にしてくれる良い男が現れるさ。そん時はちゃんと俺にも紹介するんだぞ。俺が良いと認めないと摂子はやらんし」

鷹雄が言うと摂子は楽しそうに笑う。
こうして鷹雄と真一と過ごせる時間が、摂子がこの家で唯一本心で笑顔になれる時間。
誰にも邪魔されたくないといつも願う時間。

「せっちゃん!」

だが美都子の声で、その時間はいつも終わりを告げる。

「いつまで鷹雄の部屋にいるつもり?夕飯の支度をさっさとなさい」

苛つく美都子の口調は厳しいものだった。
鷹雄はただ黙って摂子を見つめる。余計な口出しをすれば余計に摂子が美都子に怒られるからだ。
摂子は真一が食べた、粥が入っていた碗を持って鷹雄の部屋を出て行った。
鷹雄は真一を抱き上げた。

「鷹雄!」

美都子が鷹雄に声を掛ける。

「真一と一緒に風呂に行ってきます」

鷹雄は美都子には目もくれず、さっさと部屋を出てしまった。
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