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イチ

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「今日からお世話になる飯塚鷹雄と申します。お嬢、息子共々どうぞよろしくお願いします」

美都子に挨拶をする鷹雄は深々と頭を下げる。
美都子は19歳。高校を卒業して、今は家事手伝いとして家にいた。

「はじめまして、美都子よ。よろしくね」

美都子は、男らしい顔つきで、男前の鷹雄に胸がドキドキと高鳴る。
初めて知る胸のときめきだった。
鷹雄を見た美都子にとって、まるで初恋とも言うべき感情が芽生えた。
鷹雄は、戦争孤児として街をふらついていた時に杉田に拾われ、杉田の死後は今川に育てられて来た。
今川が病死し四代目政龍組組長となった戸灘の家に、息子を連れて住み込むため鷹雄はやって来たのだった。
鷹雄は、今はもう25歳になっていた。
24歳の時、付き合っていた女との間に子供ができ籍を入れたのだが、鷹雄の度重なる浮気に愛想を尽かし妻は離婚を突きつけた。
別れるなら息子を置いていけと言われ、妻は泣く泣く息子を手離したのだった。

「まぁ、今まで通りやって行こうや。お前のことは、今川のオヤジによーく頼まれていたからなぁ。将来は政龍組を継ぐ男だとな」

戸灘の言葉に鷹雄は照れる。

「まだまだ俺はひよっ子ですから。これからもご指導よろしくお願いします」

鷹雄が今川を支え稼いで来たことは、戸灘も戸灘の舎弟達も良く知っていた。

「まぁ、堅っ苦しい挨拶は終いにして酒の準備だ」

戸灘の一声で子分達が動く。鷹雄も子分の一人として、兄貴分や弟分達と酒席の準備をする。
美都子はつい鷹雄を目で追ってしまった。

「美都子、摂子は?」

戸灘が美都子に尋ねる。

「せっちゃん?部屋にいるんじゃないかしら?」

「呼んでこい。摂子にも鷹雄を紹介する」

戸灘の言葉に美都子は顔を強張らせた。

「せっちゃんはうちの本当の子供じゃないじゃない!なんで鷹雄にわざわざ紹介するの?」

「それでもこの先一緒に住むんだ。なんで鷹雄に摂子を見せたくないんだ?今までだってこの家に住む奴には、摂子を紹介して来ただろう?」

反抗的な美都子の態度に戸灘は美都子を見つめる。

「…………分かりました。連れて来ます」

父親に逆らうことなどできなかった。
ただ美都子は、無意識に鷹雄と摂子を会わせたくないと思った。
何かが美都子にブレーキをかけた。
それはきっと鷹雄を見た時の胸の高鳴りが、摂子と会わせる事に今度は警鐘を鳴らしたからだった。
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