僕と貴方と君と

五嶋樒榴

文字の大きさ
上 下
12 / 130
動物園で手を繋ぎました。

5

しおりを挟む
電車で座れると、明星は美峰の手を繋いだまま寄っかかって寝てしまっていた。

「疲れたんだね。天使だなぁ」

美峰がほっこりしながら明星を見つめる。ふたりの前に立って吊革に掴まっていた優星も明星に優しい眼差しを向ける。

「柊木さんに良いところ見せたくて頑張ってましたからね。すみませんでした。せっかくの休日に子守の手伝いさせて」

優星は美峰に謝る。

「気にしないでよ。僕も楽しかったし。動物園なんてこんな機会がなければ行けなかっただろうから」

ゲイの自分が、この先動物園に行く確率はほぼないと美峰は思った。
もう周りは結婚し始めている。子供がいる友人も増えてきた。
でもこの先、結婚することも子供を持つこともない自分が、動物園に行くことは皆無だと思っている。
この貴重な時間を与えてくれた、優星と明星に感謝の気持ちが芽生えていた。

「あの、また、誘っても良いですか?明星もすごく嬉しそうだったし、俺も3人で出掛けたいし」

少し緊張しながら優星は言う。
美峰は嬉しくて満面の笑みになった。

「僕で良ければまた行きたいよ!是非誘って欲しいな」

美峰の言葉に優星はホッとした。

「すげー嬉しいです。そう言ってもらえて。俺、融資の仕事何も分かってなくて、先輩からも自分で率先して学べって言われて。でも柊木さんは、俺が質問するとすごく丁寧に教えてくれた。だから俺、厳しい仕事にもついてこれたし。柊木さんがいてくれたおかげです」

確かに銀行業界は厳しい。場所によっては新人の離職者も激しい。
業種は違えど、優星がそんな風に言ってくれて、美峰も役に立てたことが嬉しかった。

「僕なんかで役に立てたなら嬉しいよ」

美峰の笑顔が優星には眩しかった。
美しい笑顔に癒される。

「ズルいです。なんで柊木さんてそんなに笑顔が素敵なんですか?ずっと思ってた。俺、そんな風に優しい顔で笑えないから」

拗ねるように優星は言う。
真っ赤になって美峰は照れる。
優星にそんな風に言われたら、嬉しくて恥ずかしくて、擽ったくて。

「やだな。僕、そんな風に言われたら恥ずかしいよ。葉山君こそ、優しい笑顔だよ。僕は葉山君の明星君を見る笑顔にいっぱい癒されたし」

今度は優星が真っ赤になった。美峰に褒められて嬉しいと顔が綻ぶ。

「明星に対しても、凄く優しいし。明星なんて、俺が先に柊木さんと知り合ったのに、簡単に柊木さんを名前で呼んで甘えて」

不満そうに不機嫌な顔で優星は言う。美峰は可笑しくなってつい笑ってしまった。

「明星君はとても良い子だね。寂しいことも素直に表現できるし、大人の顔色も窺わないし。葉山君がちゃんと育ててきた証拠だよ」

にっこり笑って美峰が言うと、優星は美峰を見つめてつい膝の上の美峰の手を握った。

「ありがとうございます!柊木さんにそんな風に言われてめっちゃ嬉しい!」

優星の手の温もりを感じて美峰は真っ赤になった。
手を握られて嬉しくて、心臓の音が優星に聞こえたらと焦ってしまう。

「葉山君、手…………」

恥ずかしくて堪らず美峰が言うと、優星も焦った顔で手を離した。

「あ、すみません!ついッ!」

慌てて優星が手を離した。
本当はもっと握っていて欲しい。
でもこれ以上、優星の温もりを感じたら、自分の気持ちを告白したくなってしまうが、次もプライベートで会えると分かったら、今は自分の気持ちを抑えるしかなかった。
しばらく沈黙。
降りる駅になった。

「家まで一緒に行こうか?」

駅に降りて優星が明星をおんぶしている。たまに目を覚ますが、はしゃぎ過ぎてよほど疲れているようだ。

「大丈夫です。でも目を覚まして柊木さんが居なかったらきっと怒るかも。面倒じゃなければ、家まで一緒に来てくれますか?」

明星を思っての言葉だろうと分かっていても、まだ優星と一緒に美峰もいたかった。

「うん。良いよ。まだそんなに遅くないし、家まで送るよ」

次の乗り換えの電車は座れなかったが、寝ぼけ眼の明星は優星に寄っかかりながら美峰のジャケットを掴んで離さなかった。
優星とまだ一緒にいられて美峰は幸せだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

噛痕に思う

阿沙🌷
BL
αのイオに執着されているβのキバは最近、思うことがある。じゃれ合っているとイオが噛み付いてくるのだ。痛む傷跡にどことなく関係もギクシャクしてくる。そんななか、彼の悪癖の理由を知って――。 ✿オメガバースもの掌編二本作。 (『ride』は2021年3月28日に追加します)

次男は愛される

那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男 佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。 素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡ 無断転載は厳禁です。 【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】 12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。 近況ボードをご覧下さい。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

処理中です...