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家に帰ると、遼一はまだ出かけているようで妙子は帰りに買ってきた夕飯の食材を冷蔵庫に入れていた。
しばらくすると、玄関の方から遼一のただいまという声が聞こえてきた。

「お帰り。探していた本は見つかった?」

妙子がひょこっとリビングから顔を出して遼一を見る。

「うん、あったよ」

遼一が買ってきた本を見せながら妙子を見る。

「え?あれ?」

妙子の髪型が変わっていたことに遼一は直ぐに反応した。

「なんで?髪がなくなってる!」

遼一は焦って妙子に近づく。

「切ったの。どうかな?」

妙子がボーイッシュになっていて遼一は焦る。
化粧をしている分勿論女性に見えるが、あまりにも少年のようで可愛らしくてドキッとした。

「びっくりだけど、凄く似合う。でもどうして?せっかく綺麗に伸ばしていたのに」

遼一のために。と言いそうになったが、それを言えば遼一の負担になることがわかっていたので妙子はその言葉を飲み込んだ。

「えーとね、髪の毛少し揃えようと美容院を予約してたの。そしたらその店がヘアドネーションって、髪の毛を医療用ウィッグにする団体に寄付したいって言うから、それなら役立つし良いかなって」

本当はヘアドネーションは後付けだったが、遼一に誤魔化すために使わせてもらった。
それを聞いて遼一はホッとした。

「そうだったんだ。失敗して短くしたのかと思ったよ。でも可愛いよ、本当に」

優しい目で妙子を見ながら、遼一は妙子の頭を撫でてくれた。
それが妙子には嬉しくてキュンとなる。
髪をショートにして正解だったと安心した。

「でも妙子さんにはずっと驚かされっぱなしだな。出会った頃は本当に大人しくて」

「地味だったのに?」

妙子が付け加えると遼一は笑う。

「うん。でも、どんどん変わってびっくりだな。妙子さんが俺と知り合うまで地味でいてくれて良かったよ」

あははと笑いながら遼一は言う。

「知り合うまで地味でいてくれて良かったってどういう意味?」

尋ねながら妙子の心は弾む。
自分が期待している答えが返ってきて欲しいと思った。

「だってさ、出会う前から妙子さんがそんなに可愛かったら、絶対俺と結婚なんかしてなかったでしょ?だから俺的には妙子さんが地味で良かったって思ってる」

期待していた通りの答えで、妙子は嬉しくてたまらない。
夫婦といっても形だけで、遼一に女として愛されていないことは分かっていても、遼一が自分を必要だと思ってくれたのが嬉しかった。

「夕飯前にお風呂入って良いかな?」

ダイニングテーブルに買ってきた本を置いて遼一は妙子に尋ねる。

「うん。直ぐにお風呂にお湯を入れるね」

妙子がキッチンで風呂の給湯ボタンを押す。
ニコニコの笑顔で料理を始める妙子を見て、遼一はそっと辛そうな顔でため息をついた。
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