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疑惑

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「リズベル様、別棟に旦那様はいないはずですのに、メイドや侍従たちがいつも決まった時間に、食事を運んでいるんです。」
 ある日、侍女のマリーがそう報告してきた。
「使用人のではなくて?」
「いえ、食事の内容を見た感じ貴人が召し上がるようなものでしたよ。それに使用人のためでしたら、自分で取りに行くか食べにいくのではないでしょうか?」
「そうね…。変だわ…。もう少し様子を探っておいてちょうだい。」
 そうリズベルは言い置いたものの気にしていなかったが、マリーの再びの報告で疑念が生まれる。

「リズベル様、やはり別棟にはどなたかお住まいのようです。」
「変ね…側室や愛人は一人もいないはずよ。」
「もしかしたら、隠し子かもしれないですよ。」
「なるほど…。正妻の私に知られたら、私の祖国と関係が悪くなると考えたのかもしれないわ。庶子とはいえ、頻繁に別棟に会いに行ってらっしゃるもの。ご自分の子が可愛いに違いないわ。今のうちにその子と仲良くなっておけば、旦那様に感謝されるわね。」
「リズベル様…その子のこと可愛がるのですか?」
「ええ、私の子が生まれるまでの間だけね。」
「そうですか。」
マリーはホッとしたように呟く。

 リズベルはマリーを伴って、別棟に向かうことにした。
「奥様、その先は別棟しかございませんよ。」
 別棟と本棟をつなぐ渡り廊下の入り口に立っている護衛兵に声を掛けられた。
「知っているわ。」
「奥様、お通しできかねます。」
 護衛兵が立ち塞ぐ。
「おどきなさい。兵士ごときが、奥様のなさることを止めるとは!」
 
 侍女と護衛兵が言い争っていると、筆頭侍従が通りがかる。
「奥様、殿下からそちらに行くのを禁止されているのでは?」
「ええ。けれど、旦那様はあと二ヶ月お戻りになれないわ。そうなるとこの邸を守るのは女主人の私よ。何か悪いことが起きてないか確かめなくては。」
「なりません。そちらに奥様が行かれることは、固く禁じられております。」
「黙りなさい。使用人があちらへ頻繁に出入りしているのは知っています。そのように必死で行くのを止めるのは、旦那様に隠れて使用人達が悪さしているではなくて?」
「そのようなことは決してございません。」
「そう。なら私が今から確かめに行っても問題ないわね。さっ、行くわよ、マリー。」

 もう侍従は止められないと思ったのか、急いで別棟に向かう。リズベルの歩みは遅いので、やってくる前に、ハミルに知らせに行った。

「ハミル!」
「あなた様は!?こちらへ来てはならないと言われてたのに、どうしたんですか?」
侍従を始め、あらゆる使用人もアーディルが不在の間は、別棟への立ち入りを禁止されていて、本棟と別棟をつなぐ廊下までしか行けないはずだった。

「申し訳ございません。ですが、もうすぐ奥様がこちらにいらっしゃいます。
「奥様?」
「ああ、先日殿下はご結婚されて…それより
番様はいまどちらに?」
「窓辺で読書をしています。」
「とにかく、奥様に見つかっては大変なことになります。この部屋から出ずに、鍵をかけてください。念のためハミルの部屋の奥にお連れください。いいですね!」
 侍従はそれだけ急いで言うとすぐに出て行った。

「ハミルどうしたの?誰か来たようだけど。」
 リュートが本から顔を上げた。
「あーうん。侍従が隣の僕の部屋に隠れろって。」
「なんで?」
「やばいやつが来たらしいよ。」
「ふーん。使用人すら来ないここに物好きな…。」
リュートは、ここに使用人が来なくなったのは、アーディルがいないから、奴隷である自分だけのために別棟を整えておく必要がないと使用人達に思われている、と考えていた。
 実際は、万が一でも間違いが起こらないよう、アーディルから別棟へ立ち入らないよう厳命されていた。
 その代わり食事や本をたっぷり用意して渡すようにとも言われている。
「まあ、とにかく隠れていようよ。やばいやつってことはさーやばいことになるってことだから。」
「ふふ、何それ。分かったよ。」

 2刻ほどハミルの部屋にこもっていたが、何の騒ぎも起きなかった。
「もう大丈夫かな。」
 ハミルが部屋を出ると、リュートの部屋は穏やかそのもので、部屋の鍵もかかったままだった。
「ハミル…そろそろお腹すかないかい?」
 昼ご飯を食べ損ねてもうすぐ夕刻になる。
「うん、すいたー。なんか大丈夫そうだから、僕向こうに行ってもらってくるね。」

 いつもなら、廊下の真ん中に食事のカートが置いてあるはずだが、今日は時間がだいぶ過ぎたせいかそのカートも引き揚げられてしまったらしい。
 ハミルは本棟の入口に立っている護衛兵に、声を掛けた。
「ねえ、食事を用意して欲しいって侍女か侍従に伝えてくれない?」
 護衛兵は、少し考えたが、この奥には主人が大切にしている貴人が住んでいると聞いていた。その貴人の要望なのだろうと思い、言われた通りにすることにした。

 護衛兵がいなくなるとハミルが見たことがない侍女がやって来た。
「ねえ、時間がかかるから、私がお食事を持っていきますよ。」
「えっ?この先は僕以外入ったらダメって知らないの?新人さん?」
「え、ええ、そうなの。あなた以外誰も入らないの?」
「そうだよ。殿下がいない間は、みんなはこの廊下の途中までしか行けないよ。」
「どうして?」
「それは、殿下の命令だからさ。僕は暇だし、ここでずっと待ってられるよ。君は、さっさとここから離れた方がいい。」
「そう。」
 侍女は不満そうに離れて行った。


*****
 リズベル達が別棟に行った時、広すぎて探しきれなかったが、侍女のマリーは、やはり誰かいることを確信した。
「女主人の私が何も知らないなんて、この先ずっと軽んじられるなんて耐えられないわ。」
「リズベル様、旦那様がお帰りになるまで2ヶ月あります。必ず隙がありますから、別棟の住人に会いに行きましょう。」
「ええ!」
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