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見上げた青に導かれて

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倉長くんに付き添われタクシーに乗り込み、自宅まで帰って来た。当然ながら母も弟もまだ帰宅しておらず、部屋はしーんと静まり返っている。私を心配し、倉長くんが家の中まで付き添ってくれて部屋のベッドまで運んでくれた。

ベッドに横になりながら熱を測ると体温は三十八度を超えていた。どうりで体調が悪いわけだと納得する。翔平の風邪が移ってしまったのかもしれない。

「なんか他にほしいものある?」

額に熱さましを貼ってくれながら倉長くんが心配そうに聞いてくる。

「ううん、もう大丈夫」

まさかこんな形で自宅に招くことになるなんて、夢にも思わなかった。一昨日、部屋の掃除をしておいて本当によかったと思いながら美しい横顔を見つめる。

「助けてもらってばかりだね。迷惑かけてばかりで本当にごめん」

「亜美ってさ、いつも謝ってばかりだよね。それに無理してる感じがする。きっとそういうのやめて自然体でいられたら、もっと精神的に楽になれると思う」

ふいに真剣なまなざしを向けられドキッとする。その瞳は私の心の内をすべて見透かしているように思える。

彼に言われたことは当たっている。私にはあるトラウマがあるのだ。

「……私ね、過去にいろいろあって」

体調が悪くて気持ちが落ちていたせいか、弱音を吐きたくなってしまったのかもしれない。気づくと胸の奥底にある黒いかたまりを吐き出していた。

「過去にいろいろ?」

「うちって母子家庭でお金に余裕がある方じゃないの。だから中学のとき、なるべく母親に負担をかけたくなくて、友達の誘いをいつも断っていた時期があって。頻繁に友達と遊びに行くとか、おしゃれに気を遣うとか。そういうのにすべてつきあうとお小遣いだけじゃ賄えなかったの。そうやって断り続けていたら、いつのまにかクラスで孤立しちゃって……」

記憶が鮮明に蘇ってきてギュッと下唇を噛んだ。彼は表情ひとつ変えず、時に相槌を打ちながら聞いてくれている。

「そうだったのか」

「……うん。それから人の誘いとかお願いを断ることが怖くなって、無理してでも引き受けてしまうようになったの。悪循環だって分かってはいるんだけどね。あ、でも、高校に入って千佳に出会えたから少しは前向きにはなれてはいるんだけど。でも、まだ払拭するには時間がかかりそうだなって思ってる」

彼が私の話を聞いてどんな風に感じているのかは分からない。でも、胸の奥の思いを吐露できたことで少しだけ気持ちが楽になった気がする。

「話してくれてありがとう。確かに過去のトラウマって乗り越えるのは怖いよな」

倉長くんがなにかを思い出すように窓の外に遠い目を向ける。

「でも、きっと立ち上がるきっかけって必ず訪れると思う。そのきっかけが亜美にとっては堀田さんかもしれないし、なにか別の出来事かもしれない。でも、少なくとも俺はずっと亜美の味方でありたいと思ってる」

再び戻ってきたまなざしは穏やかだ。温かい言葉に胸が震え、視界が滲んでいく。

「なんかとっても心強い」

「今日はもう寝な。亜美が寝るまでここにいるから」

倉長くんが私の手を握り優しく微笑んでくれている。身体はこんなにもしんどいのに、心は自然と穏やかになっていくのが分かった。
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