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見上げた青に導かれて
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空がオレンジ色に染まるなか、倉長くんに手を引かれて歩く。
こんな展開、誰が想像できただろう。心臓はまったく落ち着くことを知らない。
ただただ彼の背中を見つめながら足を進めていく。ちょうどアーケード街に出たところで引かれていた手を開放され、倉長くんがこちらを振り向いた。
「綾田、なにやってんの? もっと男に対して警戒心を持ったら?」
静かな怒りを滲ませたような顔を向けられ、目を泳がせる。
「……ごめんなさい。本当にバカだよね。助けてくれてありがとう」
ぐうの音もでない正論を言われ、深々と頭を下げた。
まさかこんな形で倉長くんと関わることになるなんて夢にも思わなかった。
さっきの彼女発言も、きっとその場を収めるために言ってくれたのだろう。きっと私の印象は彼の中で最低最悪で、明日からどんな顔をして倉長くんと学校で顔を合わせればいいのだろう。そう考えるだけですごく憂鬱だ。
ふたりの間に沈黙が落ち、周りを通りすぎていく人たちの声がやけに耳に響いてくる。
「……まぁ、今回のことは社会勉強だと思って、次に生かせば?」
そっと私の頭に大きな手が触れた。おずおずと頭を上げると、穏やかに微笑む彼の姿がある。
きっとこれは彼なりの気遣いだろうと心のなかで静かに納得する。
「ここで突っ立てても時間を喰うだけだし、そろそろ行こう」
「え? 行くってどこに?」
「綾田の家の近くまで送ってく。家、どっち方面?」
彼の瞳が再びこちらに向けられる。
「え? 駅裏の方だけど。送るのはいいよ。そんなの申し訳ない」
首を横に振りながら彼を見上げる。
「……あいつ、綾田のことを諦めたか分からないだろ。だから送る」
そんな風に思ってくれていたなんて意外だ。
学校での倉長くんは、面倒くさいことに首を突っ込みたくない感じで、仲がいい男友達としか関わらない感じに見えていたから。そもそもほとんど関わったことがないのに、私の下の名前を覚えていてくれたことも予想外だった。
***
「綾田の家ってこの辺なのか。俺、中学のとき、あそこの公民館の隣の坂でいつも自転車の練習してたんだ」
「そうなんだ」
結局、お言葉に甘えて家の近くまで送ってもらうことになり今に至る。
倉長くんが指さす方向にある年季の入った木造の公民館に目をやった。急に懐かしさが込み上げてきたのは、その場所が私にとっても思い出深い場所であったからだ。
私は小中学時代、その公民館に置いてあるピアノを弾いていた。ピアノを弾くのが好きで習いたい気持ちがあったが、うちは母子家庭で幼い弟もいてお金に余裕がないことを幼いながらも感じていた。だからピアノを習いたいと母に言うことができなくてよく公民館のピアノを弾いていたのだ。
「懐かしいな、あの急坂。何本もアタックしてたなぁ」
倉長くんの言葉にハッと我に返り、彼の方に視線を送る。
「急坂を自転車で上るなんてすごいね。私じゃ途中でギブアップしちゃいそう」
そういえば幼い頃、自転車で登ろうとしたことがあったが、坂が急すぎて途中で足をついたことを思い出した。
「自転車競技は山岳ゾーンっていうのがあって坂を避けて通れないんだよ。だから、練習でいろんな坂を上って鍛えるんだ」
彼がこんなにしゃべる人だとは思わなくて、そのギャップにも驚いている。
家の近くまで送ってもらう間、なにを話そうかと心配していたけれどそれはいらぬ心配だったのかもしれない。意外にも会話が途切れることなく続いていて、彼の話に耳を傾ける。
その大半は自転車競技部のこと。その話は私にとって未知の世界だから聞いていてとても新鮮で、気づけばあっという間に近所の公園に着いていた。
「今日は本当にありがとう」
「いいや。じゃあまた明日学校でな」
倉長くんがフッと笑って背を向けて歩き出そうとする素振りを見せた。
「あ、あの! ……これ、もしよかったら」
とっさに呼び止めた。そして、鞄の中からいつも持ち歩いている苺飴の袋を取り出し、こちらを振り向いた倉長くんに差し出す。
実はさっき苺が好きだと聞いたので、今回助けてくれたお礼に苺飴をあげたくなってしまったという突然の思い付きだ。
「苺飴?」
袋を手に取り、倉長くんがきょとんとした表情をこちらに向けてきた。
「うん。あの……助けてくれたお礼。この飴、すごく美味しいからよかったら食べてみて。あ、もちろんちゃんとしたお礼は、後日させてもらうから」
「綾田って……まったく変わってないな」
「え? どういうこと?」
倉長くんの発言の意味が分からず、首を傾げながら返答を待つ。
「いいや。なんでもない。ありがたくいただくな。じゃあまた明日学校で」
「……うん。また明日ね」
彼が口元に浮かべる笑みがどこかうれしそうに感じたのは私の気のせいなのだろうか。
背を向けて歩き出した倉長くんの背中をぼんやりと見つめながら、発言の意味をぼんやりと考えていた。
こんな展開、誰が想像できただろう。心臓はまったく落ち着くことを知らない。
ただただ彼の背中を見つめながら足を進めていく。ちょうどアーケード街に出たところで引かれていた手を開放され、倉長くんがこちらを振り向いた。
「綾田、なにやってんの? もっと男に対して警戒心を持ったら?」
静かな怒りを滲ませたような顔を向けられ、目を泳がせる。
「……ごめんなさい。本当にバカだよね。助けてくれてありがとう」
ぐうの音もでない正論を言われ、深々と頭を下げた。
まさかこんな形で倉長くんと関わることになるなんて夢にも思わなかった。
さっきの彼女発言も、きっとその場を収めるために言ってくれたのだろう。きっと私の印象は彼の中で最低最悪で、明日からどんな顔をして倉長くんと学校で顔を合わせればいいのだろう。そう考えるだけですごく憂鬱だ。
ふたりの間に沈黙が落ち、周りを通りすぎていく人たちの声がやけに耳に響いてくる。
「……まぁ、今回のことは社会勉強だと思って、次に生かせば?」
そっと私の頭に大きな手が触れた。おずおずと頭を上げると、穏やかに微笑む彼の姿がある。
きっとこれは彼なりの気遣いだろうと心のなかで静かに納得する。
「ここで突っ立てても時間を喰うだけだし、そろそろ行こう」
「え? 行くってどこに?」
「綾田の家の近くまで送ってく。家、どっち方面?」
彼の瞳が再びこちらに向けられる。
「え? 駅裏の方だけど。送るのはいいよ。そんなの申し訳ない」
首を横に振りながら彼を見上げる。
「……あいつ、綾田のことを諦めたか分からないだろ。だから送る」
そんな風に思ってくれていたなんて意外だ。
学校での倉長くんは、面倒くさいことに首を突っ込みたくない感じで、仲がいい男友達としか関わらない感じに見えていたから。そもそもほとんど関わったことがないのに、私の下の名前を覚えていてくれたことも予想外だった。
***
「綾田の家ってこの辺なのか。俺、中学のとき、あそこの公民館の隣の坂でいつも自転車の練習してたんだ」
「そうなんだ」
結局、お言葉に甘えて家の近くまで送ってもらうことになり今に至る。
倉長くんが指さす方向にある年季の入った木造の公民館に目をやった。急に懐かしさが込み上げてきたのは、その場所が私にとっても思い出深い場所であったからだ。
私は小中学時代、その公民館に置いてあるピアノを弾いていた。ピアノを弾くのが好きで習いたい気持ちがあったが、うちは母子家庭で幼い弟もいてお金に余裕がないことを幼いながらも感じていた。だからピアノを習いたいと母に言うことができなくてよく公民館のピアノを弾いていたのだ。
「懐かしいな、あの急坂。何本もアタックしてたなぁ」
倉長くんの言葉にハッと我に返り、彼の方に視線を送る。
「急坂を自転車で上るなんてすごいね。私じゃ途中でギブアップしちゃいそう」
そういえば幼い頃、自転車で登ろうとしたことがあったが、坂が急すぎて途中で足をついたことを思い出した。
「自転車競技は山岳ゾーンっていうのがあって坂を避けて通れないんだよ。だから、練習でいろんな坂を上って鍛えるんだ」
彼がこんなにしゃべる人だとは思わなくて、そのギャップにも驚いている。
家の近くまで送ってもらう間、なにを話そうかと心配していたけれどそれはいらぬ心配だったのかもしれない。意外にも会話が途切れることなく続いていて、彼の話に耳を傾ける。
その大半は自転車競技部のこと。その話は私にとって未知の世界だから聞いていてとても新鮮で、気づけばあっという間に近所の公園に着いていた。
「今日は本当にありがとう」
「いいや。じゃあまた明日学校でな」
倉長くんがフッと笑って背を向けて歩き出そうとする素振りを見せた。
「あ、あの! ……これ、もしよかったら」
とっさに呼び止めた。そして、鞄の中からいつも持ち歩いている苺飴の袋を取り出し、こちらを振り向いた倉長くんに差し出す。
実はさっき苺が好きだと聞いたので、今回助けてくれたお礼に苺飴をあげたくなってしまったという突然の思い付きだ。
「苺飴?」
袋を手に取り、倉長くんがきょとんとした表情をこちらに向けてきた。
「うん。あの……助けてくれたお礼。この飴、すごく美味しいからよかったら食べてみて。あ、もちろんちゃんとしたお礼は、後日させてもらうから」
「綾田って……まったく変わってないな」
「え? どういうこと?」
倉長くんの発言の意味が分からず、首を傾げながら返答を待つ。
「いいや。なんでもない。ありがたくいただくな。じゃあまた明日学校で」
「……うん。また明日ね」
彼が口元に浮かべる笑みがどこかうれしそうに感じたのは私の気のせいなのだろうか。
背を向けて歩き出した倉長くんの背中をぼんやりと見つめながら、発言の意味をぼんやりと考えていた。
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