捕食者

TAKA

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襲撃

地下室

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「なんだ、ここ」

 正史は地下室を見て驚いた。そこは20畳ほどの広さがあり、部屋の真ん中を仕切るように腰ほどの高さの棚が置かれ、棚の左側には大きな机が、右側には2段ベッドが3つ置かれていた。

「お父さん、これ・・・」

 百合が声を震わせながら、棚の上に置かれた筒を指差した。それは透明な液体に浸けられた大きな蜂の標本だった。

「コレスゴイネ、ワア、アチニモアル」

 陳が興味深そうに棚に近づき、大きな声を出した。棚の上には同じ様な筒が2つ、間隔を開け置かれていた。

「これ、大野木信也かな・・・、あれ、隣は・・・」

 正史は棚の上にあった写真立てを手に取り眺めた。そこには迷彩服を着た4人の男が写っていた。そのうちの1人が年は取っていたが、昔テレビで見た大野木信也に間違いなかった。そして、その横には宿の親父が生真面目そうな顔で写っていた。

「お父さん、ここは何なの。この蜂、さっき襲ってきたのと一緒だよね。あの蜂とお父さん、関係あるの」

 百合はずっと泣いていた。

「・・・ここはシェルターだ。山の中に研究施設が建てられた時、一緒に造られたものだ。研究施設に何かがあった時に研究者や資料などを避難させるために」

 宿の親父が机の周りに置かれた椅子に座り言った。

「あっ、自衛隊の研究施設か」

 正史は香が言っていた自衛隊による特別訓練の話を思い出した。

「ワタシモシリタイデス、オシエテクダサイ」

 陳が標本の入った筒を手に持ち、椅子に座った。

「陳さん、あんた、中国のスパイだね」

 宿の親父が陳に向かって突然言った。

「・・・ハハ、ワタシ、スパイチガウ」

 陳は直ぐに否定したが、心なしか言葉が揺れた気がした。

「陳さん、あんた、俺やあの2人のこと色々探ってただろ。あの2人、荷物が誰かに触られたみたいだって言ってたよ。俺の部屋もそうだった。上手く誤魔化してたが、直ぐにあんただって思ったよ。それにさっきの携帯ガスボンベを使った爆弾も普通の人には思いつかないし、思いついてもあの状況で冷静には出来ないさ」

 宿の親父が陳の目を正面から見つめた。

「ハハハ、チカウネ、ソレチカウヨ」

 陳が笑いながら否定したが、その目は笑っていなかった。

「スパイって・・・」

 蜂に襲われ、2人が死に、今度はスパイが出てきた。正史は余りにも現実離れした展開について行けなかった。

「ふん、まあ、いいさ」

 覚悟を決めたのか、宿の親父が話し始めた。

「俺はある大学で遺伝子操作の研究をしていたが、上の連中のくだらない権力争いに巻き込まれ大学を追い出された。もう研究が出来ないと絶望したが、自衛隊のお偉いさんから面白い研究があるから来ないかと誘われた。集められたのは皆、研究者としては優秀だが不遇な連中だった。皆、研究に餓えていた」

 宿の親父は懐かしそうに言った。

「自衛隊は俺達のためにこの山の奥に研究施設を建ててくれた。俺達はそこでそいつらを創るための研究をしたんだ」

 宿の親父は蜂の標本を顎で示した。

「お父さんがあれを・・・。なんであんな・・・、香さんも柳本さんもあの蜂のせいで死んだんだよ・・・。なんで・・・」

 百合が宿の親父にすがりつき泣きながら言った。

「ごめんな、百合。俺達は生物兵器を創り、世の中を見返したかったんだ。そして何度も失敗をしているうちに、今度は新しい生き物を創りだす魅力に取りつかれた。蜂の出すフェロモンや毒を強力にし、体を大きくするため研究を続けた。そしてあいつらが生まれた」

 宿の親父が泣いている百合の手を優しく取り、隣の椅子に座らせた。正史もそれにつられるように手近な椅子に座った。

「俺達は有頂天だった。だってそうだろ。世界でまだ何処の軍隊も持っていない兵器を創ったんだ。・・・だが、そんな時、事故が起きた。自衛隊の偉いさんが研究成果を見るために来た。俺達は危ないから絶対に奴らのいる部屋に入るなと言ったんだが、近くで見たいと防護服をつけ部屋に入って行った。防護服には奴らが嫌がる液体をかけていたが、防護服が暑かったんで防護服を緩め隙間を開けやがった。奴らは肉の匂いに敏感だ。その隙間から漏れる肉の匂いにつられ、数匹の蜂が近づいた。慌てた偉いさんは、そのうちの1匹を潰してしまった。奴らは色々な情報をフェロモンで伝達するが、死ぬ時に出すフェロモンが一番奴らを興奮させるんだ。偉いさんはあっという間に奴らに取り囲まれた。ちょうどさっきの2人のように・・・。その事故を受け、研究施設は閉鎖されることになり、奴らは処分されることになった」

 宿の親父の顔が苦痛に歪んだ。

「えっ、・・・でも奴らは生きてるよね」

 正史が聞いた。

「・・・俺と大野木が処分する振りをして女王蜂を冷凍保存した。俺達は馬鹿な男1人のために俺達の研究が台無しになるのが許せなかった。俺達は蜂が増えすぎないよう女王蜂が新たな女王蜂を産めないようにしていた。つまりあいつらの女王蜂は世界でたった1匹だけなんだ。だから何としても女王蜂は守らなければならなかった。・・・俺は女王蜂を暫く冷凍したままにしておく積もりだったが、大野木は俺の知らないうちに女王蜂を冷凍から甦らせていた。俺は知らなかったが、大野木は末期癌だった。自分が生きているうちに自分の研究成果を世間に認めさせたかったんだろう。でも、間に合わなかった・・・」

 宿の親父は正志の前に置かれた写真立てを手に取り、淋しそうに言った。
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