勇者 最後の冒険

TAKA

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エルメドーザ

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「・・・ま、繭」

 リックが呟いた。いつの間にか魔王を包む眩しい光は消え、黒い繭が現れていた。その繭の中からは魔王が脈動する音が響いていた。

「くそっ」

 勇者が火の最上級魔法を黒い繭に放った。エルメドーザは特に何もせず、その様子を見ていた。

「・・・うっ」

 勇者の魔法は黒い繭を焼くことなく、吸収されるように消えた。

「はあっはっはあ、無駄だ。その繭は全ての魔法を吸収する。誰も繭の中の魔王を傷つけることなど、できはせん。さて、魔王の覚醒まで、まだ少し時間がある。少し話そうか」

 エルメドーザは言うと、リックに近づいてきた。

「さっきも言ったが、我の部下になれ。もうすぐ魔王が覚醒する。そうなれば真の魔王が誕生し、この世は真の魔王のものとなる。どうだ、今ならまだ間に合うぞ」

「嫌だ、お前の部下になんてならない」

 リックは言いながら、勇者とクミンから遠ざかるように後ずさった。

「ふん、今なら、その女も特別に助けてやる。真の魔王の僕として、この世の一部をくれてやろう。そこで二人で暮らすがいい。これが最後の機会だ、よく考えろ」

「しつこいぞ、嫌なものは嫌だ。絶対にお前の部下になんてなるもんか。僕がお前を倒してやる」

 リックは叫ぶと、さっきジルに見舞ったのと同じように、光の矢と影の矢と火の槍と水の剣を作りだし、一気にエルメドーザに叩き込んだ。だがリックの魔法は全てエルメドーザを囲む空間魔法によって阻まれ、エルメドーザには届かなかった。

「ふははははは、我には効かぬわ。そこまで嫌なら仕方がない。死ぬがいい。死んだ後、お前を魔物として甦らせ、我の部下としよう。ちょうどいい時間潰しだ。我が相手をしてやるわ」

 エルメドーザが言うと杖を高く掲げた。エルメドーザの頭上に光の矢と影の矢が現れた。エルメドーザは更に杖を床についた。するとエルメドーザの左右に火の槍と水の剣が現れた。

「これでいいのか」

 エルメドーザがにやりと笑うと、全ての魔法をリックに向かい放った。リックはエルメドーザがリックと同じ魔法を簡単に繰り出すのを見て、改めてエルメドーザの持つ力の凄さを感じた。

「リック」

 クミンがリックの名を呼んだ。エルメドーザの魔法は正確にリックを襲った。

「ほう、これは」

 エルメドーザが感心したような声をだした。エルメドーザの魔法は全てリックを囲む空間魔法で阻まれ、リックには届かなかった。

「なかなかのものだな。だが、どうする。お前も我も、どちらもこれでは決着がつかぬぞ」

 エルメドーザは楽しそうだった。リックは確かにその通りだと思った。魔王が覚醒したら、何が起こるか予想がつかず、リックは早めにエルメドーザを何とかしたいと思った。

「ふん、大丈夫、お前のその魔法は僕が破ってみせる」

 リックは空間魔法を完成させた時から、それを破る方法を考え続け、一つの考えにたどり着いていた。だが、実際に上手くいくかどうかは、やってみなければ分からなかった。

「風の剣を貸してください」

 リックは勇者のところに行き頼んだ。風の剣ではエルメドーザの空間魔法を破ることはできないと分かっていたので、勇者は驚いた。だが、勇者はリックの真剣な眼差しを見て、頷き、風の剣を渡した。

「いくぞ、うおおおおお」

 リックは風の剣を構え、大声で気合いを入れると、そのままエルメドーザに斬りかかっていった。エルメドーザは面白がるように、逃げることもせず、そのまま剣を受けた。リックの腕は剣ごと、エルメドーザの空間魔法の中に消えた。リックはすぐに腕を抜き、続けざまに剣を振るったが、全て同じように空間魔法に阻まれた。

「ふん」

 リックは今度はウィラー達を囲む空間魔法に同じように斬りつけた。だが、こちらも空間魔法を破ることはできなかった。リックは肩で息をしながら、エルメドーザから距離を取った。

「ふはっ、ふふふふひゃ、ひゃっひゃひゃひゃひゃ、もう終わりか。我の魔法を破ると大口を叩いておったが」

 エルメドーザが笑っていた。リックは構わず、光の矢と影の矢と火の槍と水の剣を作りだした。

「これでどうだ」

 リックは叫び、魔法を放った。

「何処に向かって放っておる」

 魔法はエルメドーザではなく、閉じ込められたウィラー達に向かい飛んでいき、それぞれを囲む空間魔法に吸い込まれた。

「ふん、無駄なことを」

 エルメドーザが吐き捨てるように言った時、何かに罅が入るような音が響いた。

「なっ、・・・こっ、これは」

 エルメドーザが振り向くと、ウィラー達を閉じ込めた空間魔法に罅が入り、それが大きく広がっていくのが見えた。

「やっ、やったあ」

 リックの喜びの声と同時に、ウィラー達を閉じ込めた空間魔法が壊れ、ウィラー達は自由になった。

「皆、いくぞ」

 間髪入れずにリックがもう一度、光の矢と影の矢と火の槍と水の剣を作り出し、エルメドーザに向かい放った。それに合わせるように、フレイラは火の槍を、ウィラーは水の剣を、ニルクロアは光の矢と影の矢を同時に放った。

「な、何だと」

 エルメドーザは自分を囲む空間魔法にも罅が入り、それが次第に大きくなっていっていることに気がつき、急いで空間魔法の内側を更に空間魔法で包もうとした。だが、時既に遅く、空間魔法の破れ目から、リック達の魔法が容赦なくエルメドーザに降り注いだ。

「ぎぃやあああ」

 エルメドーザの悲鳴が部屋の中に響いた。だが、その姿は魔法が起こした土煙に隠れ見えなかった。

「やったあ」

 リックが飛び上がり、喜んだ。

「リック、よくやった。でも一体、どうやったんだ」

 勇者がリックの肩を叩き、尋ねた。

「いやあ、奴の魔法がどう編まれているかが分かったんで、少し細工をしたんです」

 リックの説明に勇者が頷いた。

「奴の魔法を確かめるために、風の剣を使ったのか」

「ええ、奴の魔法を探るには、実際に魔法に触れなくちゃならないんで、剣で斬りかかれば、魔法に触れても不自然じゃないでしょ」

 勇者はリックの成長を頼もしく感じ、嬉しさが込み上げてきた。

「じゃあ、あとは魔王だな」

 勇者はそう言った後、ウィラー達の様子に気がついた。ウィラー達は倒れたエルメドーザを囲み、黙って見下ろしていた。

「・・・なっ」

 勇者はエルメドーザが倒れているはずの場所に、白い服が見えたので、確かめるために近づいていった。そこにはエルメドーザではなく、白いローブを纏ったオーブラが横たわっていた。

「・・・オ、オーブラ、・・・ど、どうしてオーブラが」

 勇者は震える手でオーブラの冷たい頬を触り、オーブラを強く抱き締めた。

「オーブラさんは、エルメドーザに魂を捕らえられたんですって」

 クミンが勇者の後ろから声をかけてきた。勇者がクミンを見つめると、クミンは胸元からオーブラに貰ったペンダントを取り出し、オーブラとの出会いと、ペンダントのことを話した。

「オーブラ、そうか、お前はエルメドーザの中にいたのか。まだ、このペンダントを持っていたのか」

 勇者は涙を流しながら、自分の持つペンダントを取り出した。勇者の持つペンダントも星を半分に割った形をしており、二つを合わせると一つの星が完成した。

「やはり、そうでしたか」

 ウィラーが頷きながら言った。

「エルメドーザの正体が分かりました」

 ウィラーの突然の言葉に、皆が顔を向けた。

「エルメドーザの正体って」

 リックがウィラーに尋ねた。

「いや、簡単なことです。そう考えれば、全てに辻褄が合う。オーブラの魂を捕らえたということや、我々が何故、前の冒険の記憶を持っているのか」

「それって、・・・まさか」

 リックの頭にある考えが浮かんだ。だが、それは信じられないことだった。

「エルメドーザが俺達が倒した魔王だったのか。・・・そ、そんな」

 勇者が呟いた時だった、オーブラの目が開いた。

「ひゃははっはは、その通りだ。やっと気づいたか」

 その声はエルメドーザのものだった。見る間にオーブラの体はエルメドーザのものに変わり、勇者の体もエルメドーザの中に取り込まれた。

「勇者様」

 リックが叫び、手を伸ばしたが、ウィラーがその手を掴み、リックを止め、エルメドーザから距離を取った。

「駄目です。もう間に合わない」

 エルメドーザが取り込んだ勇者の体を馴染ませるように、腕を振り、首を鳴らした。エルメドーザの体から、勇者が身につけていた虹の鎧や宙の盾、星のマントが音を立てて落ちた。

「うわっはははははは、油断したな、お前達。そう、その通り、我はお前達と戦った魔王だ。我は魔王の花嫁であるオーブラを手に入れ、魔王として覚醒するところであったが、完全に覚醒する前に、オーブラのせいで時空の狭間に落ちたのだ」

 エルメドーザは落ちた勇者の装備には目もくれず、魔王の黒い繭に近づいていった。ちょうど、繭に亀裂が入り、そこから今まで感じたこともない強い力が溢れでていた。

「我はもう一度この世に戻るため、オーブラを取り込み、その魔法を使ってこの世に戻ってきた。だが、そのために魔王としての力の大部分を使い果たしたのだ。だから、新たな魔王をこの手で作り上げることにした。そして、その魔王を我が食らえば、我は魔王の力を取り戻し、新たな魔王として甦ることができるのだ」

 オーブラは黒い繭を引き裂き、その中から今目覚めたばかりの魔王を引き出すと、音を立てて頭から食べ始めた。魔王はその蛇のような体をエルメドーザに巻きつけ強く締め上げ、エルメドーザの右腕を引きちぎったが、体の半分を食べられると力尽きた。

「うわっはははは、ひゃあっはっはははは、我の思惑通りだ。我は、我こそが真の魔王だ。お前達、真の魔王の誕生を祝え、祝うのだ」

 暫くの間、エルメドーザの体は大きく波打ち、捻れ、間接が軋むような音が鳴り続いていたが、徐々に落ち着き、静かになっていった。エルメドーザは魔王の力を完全に自分のものにしたようだった。

「げっふ、ふはははははは、もはや魔王を倒せる勇者もいない。この世は我のものだ」

 エルメドーザがリック達に向かって吠えた。
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