勇者 最後の冒険

TAKA

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義手

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「さあ、完成しました。リックさん、どうぞ」

 カナタが完成した義手をリックに手渡した。リック達が訪れてから三日目の夕方だった。その義手には、キクケで手に入れたプレートが、嵌め込まれていた。

「凄い、・・・これは、まるで」

 リックは左手に義手をつけた時から、無いはずの左腕が元に戻ったような、不思議な感覚を覚えた。

「どうです」

 カナタが少し心配そうに聞いてきた。

「いや、凄いです。何か、左腕が戻ったような、今にも自分で動かせそうな気がします」

 リックが右手で義手を触りながら言った。

「動かせますよ」

 不意にウィラーが言ったので、リックは驚き、義手を見つめた。

「義手の中に魔道を通し、魔法の力を左腕に満たすんです。それを上手く操ることができれば、指を自在に動かすことができるはずです」

「本当ですか」

「ウィラーさんからの助言もありましたので、関節は動きやすく作ってます」
 
 カナタが義手の手首や指先を持ち、内側へ曲げてみせた。

「ありがとうございます。やってみます」

 リックは目を閉じ、自分の中にある魔道を義手の指先まで延ばし、左腕に魔法の力を満たすよう、意識を集中した。

「あっ、動いた」

 クミンの声が聞こえた。リックが目を開けると、義手の指が震えていた。リックが更に集中すると、少しだけ指先が閉じた。

「わっ、動きましたよ」

 リックが喜んだ途端に集中が途切れ、指が力なく垂れた。リックは集中を維持できず、上手く動かすことができるようになるのか、不安を感じた。

「最初はそんなものです。今は加減が分からず、意識を集中しなければなりませんが、慣れれば、もっと楽に左手を動かせますよ」

 ウィラーの話を聞いて、リックは安心し、常に左腕を意識し、使っていこうと決めた。

「さて、義手もできたし、次はタマルダに向かって出発だな」

 勇者がカナタの淹れたお茶を飲み、大きく息をついた。カナタが義手を作っている間、カナタの指示を受け、皆で手分けして燃える空気を溜める袋の手入れや、皆が乗る篭の準備をしていた。大工仕事は勇者とメイヤーとウィラーが、袋はクミンとフレイラが担当した。リックはウィラーとフレイラに手伝ってもらい、食料の買い出しなどを担当した。

 リックはお茶を飲み、ほっとしたような様子の勇者を見ながら、昼間の買い出しの時のウィラーとフレイラとの会話を思い出していた。
 
「お二人が色々と手伝ってくれるので、助かります」

 買い出しが終わり、馬車の荷台に食料を載せ、少し休憩を取った時、リックは二人に話しかけた。

「私達は力の結晶であり、人とは違う。人の風下に立つことを良しとはしない。だから今回、色々と手伝っていることが意外ですか」

 ウィラーがリックの目を見た。リックは図星を突かれ、どう答えていいか分からなかった。

「リックさん、ご存じの通り、私達は人とは違います。人とは違う理の中に生き、人とは違う考えや想いで動いています。今回は私達自身の考えでお手伝いをしているだけです。皆さんの仲間として手伝っている訳ではありません」

 ウィラーの答えは淡々としていたが、旅の仲間として二人を見ているリックは、少し淋しく思った。

「あっ、一つ聞いてもいいですか」

 リックは話を変えた。

「お二人とも食事はしないのに、カナタさんのお茶だけは飲みますよね。今までは何も飲まなかったと思うんですけど、どうしてですか」

 ウィラーが少し考え、答えた。

「あのお茶からは、オーブラの淹れたお茶と同じ香りがします。私達は別に何も飲めない、何も食べられないという訳ではありません。ただ、人とは違い、飲んだり食べたりしなくても死にません。何も摂る必要がないのですから、飲んだり食べたりしないだけです。ですが、前の冒険の時、オーブラからお茶ぐらいは付き合うように言われ、お茶だけは飲むようにしたのです。そのお茶と同じ香りなんですよ」

 ウィラーの答えを受け、フレイラが呟いた。

「オーブラの作る料理は不味かったが、お茶は旨かった。カナタの淹れるお茶も旨い」

 リックは改めて二人とオーブラとの絆の強さを感じ、前の冒険の時の勇者の孤独を思った。

「くそ、結界が強くて近づけん。中の様子が全く分からん」

 サリナスが姿を現し、忌々しそうにカナタの家を睨んだ。ボルのことがあったので、ウィラーとフレイラが二重の結界をカナタの家に張っていた。サリナスはボルの影の中にいる時、空を飛ぶ船を使うとの話は聞いたが、何処に行くのかまでは聞いていなかった。このまま出発されれば、空を飛べないサリナスは、ついていけないと焦っていた。

「ギィヤアア」

 空から何かの鳴く声がした。サリナスが見上げると、大きな影がマデンの方に飛んでいくのが見えた。鳥の魔物だった。サリナスは自分の強運を喜び、急いで魔物を追った。

「誕生日、おめでとう」
「ありがとう」

 マデンの街外れにある川の畔で、二人の若い男女が話をしていた。キクケの街の魔物のこともあり、皆、夜は外出を控えていたが、今日は女の誕生日であり、男は少しぐらいなら大丈夫だろうと、女を呼び出した。女は少し不安だったが、男が誕生日を祝ってくれることは嬉しく、家を抜け出した。

「ギィヤアアアアア」

 いきなり大きな叫び声がしたかと思うと、目の前に大きな鳥が降り立った。

「きゃあああ」
「わあっ、ばっ、化け物だ」

 二人は震える体を寄せ合った。二人の目の前で、鳥の体が変化し、見る間に人の形になった。

「グルグルルル、に、人間だ、う、うまそばばばっばばばっばば、きゃい、きゃい、きゃい」

 魔物は喉を鳴らし、訳の分からないことを言った。最後は笑っているようだった。

「わっ」

 魔物が男の頭を掴み、持ち上げた。男は暴れたが、魔物は気にも止めなかった。魔物の口から体の半分ほどが裂けた。全てが口だった。魔物は男を丸飲みした。女は恐怖のあまり気を失った。

「うまっ、うまっ、うまままっまま」

 魔物は喜びの声を上げ、余韻を楽しんだ後、女に近づいた。気絶する女の頭を持ち、鳥がよくするように、首を小刻みに揺らし、女を繁々と眺めた。女が気がつき目を開けた。

「きゃあああ」

 女の悲鳴が辺りに響き、魔物が口を大きく開いた時、魔物の後ろにサリナスが現れた。魔物はサリナスの気配を感じ、手に女を持ちながら振り返ったが、完全に振り返る前に魔物の首が空に飛んだ。サリナスの刃物のように鋭い爪に、魔物の青黒い血がついていた。

「お前の力を貰うぞ」

 サリナスは転がっている魔物の頭を掴み、顔に向かって言った。

「ギィヤアアアアア、ゆる、ゆる、ゆるさん、ないないないない、ギィヤアアアアア」
 
 いきなり魔物が叫び、その口から舌が伸び、サリナスの頭を貫いた。サリナスは動じることなく、舌を引き抜いた。

「ふん、活きがいいな」

 サリナスは呟き、口を大きく開け、魔物の頭を食べた。闇の中に魔物の頭を砕く音が響いた。

「きゃあああ、ああああ、ああああ」

 女の悲鳴が響いた。女は何とか逃れようと暴れていたが、首の無い魔物の手が女を掴み離さなかった。

「ははは、不味い魔物の後に美味いデザートがついてたか」

 サリナスが言い、女を掴む魔物の腕を引きちぎり、女を放り投げた。女は魔物の腕を頭につけながら地面に転がった。サリナスは魔物の体を飲み込みにかかった。口を開け、体を半分飲み込んだ時、女が地面を這って逃げていることに気がついた。サリナスはにやりと笑い、残りの体を飲み込んだ。

「い、嫌、・・・嫌だ、助けて」

 女が泣きながら地面を這っていた。すぐ目の前に見える藪に、何とか逃げ込もうと必死だったが、焦れば焦るほど前に進めなかった。手と膝が地面と擦れ、血が流れた。あと少しで藪に着くという時に、突然、体が地面から離れ、空に浮かび上がった。女は何が起きたか分からなかった。女の耳に、鳥の羽の音が聞こえた。女が恐る恐る上を見上げると、羽を生やしたサリナスが女を見て笑った。

「いやあ、気分がいい。俺は魔物を食べれば、その魔物の力を自分のものにできるんだ。ははは、どうしてその力に気がついたと思う。ふふふ、ある時、馬鹿な魔物が俺を襲ってきてね、逆にそいつを食ってやったのさ。そうしたら、どうだい、そいつの力が俺のものになったんだ。はははは、どうだ、凄いだろう。ただ、残念なことがあってね、人間と違って魔物は美味くない、不味いんだ。だから、よっぽど魅力的な力じゃなければ食べる気がしない。今回は飛ぶ力が手に入った。しかもデザートに人間もいる。ははははは、最高だ」

 サリナスは一人喋ると、女を空高く放り投げ、落ちてくる女を丸飲みした。

「げっふ、・・・ふふふ、これで奴らを追いかけることができる。ふふふ、はははは、必ず勇者を仕留め、エルメドーザに取って代わってやる。あっははははは」

 サリナスは笑いながら、新しく手に入れた力を楽しむように、マデンの空高く舞い上っていった。
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