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霧山村
さくら
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「う、うーん」
近くでする人の気配と食器のぶつかる軽い音、味噌汁のいい匂いに目が醒めた。目を開けると普段とは違う板張りの天井が見えた。少しの間戸惑ったが直ぐにここが霧山村であることを思い出した。
「おはようございます」
いきなり若い女の声がした。びっくりして声のした方に顔を向けると、淡いピンクのワンピースを着た女性が食事を載せた膳の向こうに座り笑顔を見せていた。
「あ、あ、はい、おはようございます」
慌てて布団から起き上がり挨拶したが、どうしていいか分からず、あたりをきょろきょろ見回していた。
「食事の用意が出来ました。顔を洗って来て下さい。その間にお布団を片付けますから」
その女性は笑いながらそう言った。
言われるがまま顔を洗い部屋に戻ると布団は片付けられ、朝食の膳が部屋の真ん中に置かれていた。
「さあ、どうぞ召し上がれ」
女性に促され朝食を採った。
朝食はご飯に味噌汁、大根と胡瓜の漬物、卵焼き、茸の佃煮だった。昨日の晩御飯に負けず劣らず美味しく、ご飯をお代わりしたほどだった。
食べている間、女性は特に話はしなかったが、笑顔でお茶を入れたりお代わりをよそったりしてくれた。いつも食事は家で一人でコンビニ弁当を食べているので、人が近くにいるところで食べるのは気恥ずかしかったが、嫌な気はしなかった。ただ女性をじろじろ見るわけにもいかず、目のやり場には困ってしまった。
「ごちそうさまでした」
言いながら、いつも一人の時は言ってないなとふと考えた。
「お粗末さまでした」
笑いながら女性が頭を下げた。
「あ、あの。あなたは・・・」
思いきって話し掛けた。
「あ、すいません。まだ名乗ってませんでしたね。私は神木さくらです。役場の大森さんに巽さんのお世話をするように言われてお世話をさせて頂きます。よろしくお願いします」
さくらと名乗った女性はそう言うと座り直し丁寧に頭を下げた。
「こ、こちらこそ」
こちらも慌てて頭を下げたが、勢いがついて膳の角に頭が当たり派手な音を立ててしまった。失敗に赤くなりながら顔を上げると彼女と目が合い、どちらともなく声を出して笑った。
この失敗のおかげで随分と打ち解けることが出来た。彼女に聞いたところでは、昨日の男は大森といい年齢は三十代前半と若いが、村役場を一人で切り盛りしているとのことだった。この後、役場で彼と話をすることになっているらしい。本当は彼女のことを色々聞きたかったが、女性と話すのは苦手であり何を聞いていいか分からなかった。
「いやあ、こちらに保養所を作られると聞いて村をあげて喜んでいるんです」
彼女に案内され役場に行くと大森の他に村長の谷という六十代位の小柄な男性が出てきて言った。
「ほよう・・・、あ、ああ、そうなんです。弊社の福利厚生として、あの、その・・・、えっと、そうなんです」
どうやら林課長が、この村に保養所を作ることを検討しており、試しに村で暮らしてみるため社員を一人派遣するという話をしていたようだ。
ゆうべ、晩御飯のあとそのまま眠ってしまい、村に来た理由を何も考えられなかったので助かったと思った。昨日の大森の態度にも納得がいった。ただ、だったらそう言っておいて欲しかったという思いもした。
面談は30分ほどだった。その間に村長から村の説明があったが、特に観光名所や特産品などもなく地味な村との印象だった。山あいだからか霧が多く霧山村という名前になったとのことだった。これも想像通りだった。ただ、面談の間、村長も大森も終始笑顔だったはずだが、何故か二人とも目の奥は笑っていない感じがし居心地が悪かった。
面談が終わりさくらの案内で村を見て回ることになった。村長の説明通り村の中に見るべきものもなく、時々農作業をする人を見かけるだけだった。村の人は皆、彼女が一緒だからか気さくに声を掛けてきた。元々人付き合いは得意ではなく田舎特有の閉鎖的な感じがしたら嫌だなと思っていたので安心した。
「せんせー、さくらせんせー」
学校の前に来たとき運動場に居た生徒の一人が叫んだ。校庭にいた生徒が全員振り向き口々に声を出しながら手を振ってきた。
その歓声に驚いたが、それ以上に子供の多さに驚いた。百人近くは居るように見えた。その学校は小中一貫校と聞いていたが、田舎の分校をイメージしていたためせいぜい生徒数は十数人程度だろうと思い込んでいた。さっきまでの村の印象とのギャップに戸惑ってしまった。
「みんなー、運動会頑張ってね」
彼女も手を振り返しながら大声で答えていた。彼女の話では近々運動会が予定されており、今日はその練習をしているらしかった。
「先生だったんだ」
学校を過ぎ村の奥にある神社に向かいながら聞いた。
「いえ、本当の先生じゃないんです。でも、こんな田舎でしょ。だから家庭科なんかは村の人が教えるのを手伝ったりするんです。それでみんな先生って」
少しはにかみながら彼女が答えた。その控えめな笑顔がとても可愛らしかった。
「それにしても思ったより子供が多いのでびっくりしたよ」
何気なく思ったことを言っただけだが、彼女の体が一瞬固まった気がした。
「えっ、こんなものでしょ」
さっきまでとは違い少しきつめの口調で答えが返ってきたので驚いた。何かまずいことでも言ったかと戸惑ってしまった。
「さあ、ここが村の守り神の霧山神社です。ここで今夜、巽さんの歓迎会を開きますね」
何事もなかったように笑顔で彼女が言い、神社への階段を登って行った。
近くでする人の気配と食器のぶつかる軽い音、味噌汁のいい匂いに目が醒めた。目を開けると普段とは違う板張りの天井が見えた。少しの間戸惑ったが直ぐにここが霧山村であることを思い出した。
「おはようございます」
いきなり若い女の声がした。びっくりして声のした方に顔を向けると、淡いピンクのワンピースを着た女性が食事を載せた膳の向こうに座り笑顔を見せていた。
「あ、あ、はい、おはようございます」
慌てて布団から起き上がり挨拶したが、どうしていいか分からず、あたりをきょろきょろ見回していた。
「食事の用意が出来ました。顔を洗って来て下さい。その間にお布団を片付けますから」
その女性は笑いながらそう言った。
言われるがまま顔を洗い部屋に戻ると布団は片付けられ、朝食の膳が部屋の真ん中に置かれていた。
「さあ、どうぞ召し上がれ」
女性に促され朝食を採った。
朝食はご飯に味噌汁、大根と胡瓜の漬物、卵焼き、茸の佃煮だった。昨日の晩御飯に負けず劣らず美味しく、ご飯をお代わりしたほどだった。
食べている間、女性は特に話はしなかったが、笑顔でお茶を入れたりお代わりをよそったりしてくれた。いつも食事は家で一人でコンビニ弁当を食べているので、人が近くにいるところで食べるのは気恥ずかしかったが、嫌な気はしなかった。ただ女性をじろじろ見るわけにもいかず、目のやり場には困ってしまった。
「ごちそうさまでした」
言いながら、いつも一人の時は言ってないなとふと考えた。
「お粗末さまでした」
笑いながら女性が頭を下げた。
「あ、あの。あなたは・・・」
思いきって話し掛けた。
「あ、すいません。まだ名乗ってませんでしたね。私は神木さくらです。役場の大森さんに巽さんのお世話をするように言われてお世話をさせて頂きます。よろしくお願いします」
さくらと名乗った女性はそう言うと座り直し丁寧に頭を下げた。
「こ、こちらこそ」
こちらも慌てて頭を下げたが、勢いがついて膳の角に頭が当たり派手な音を立ててしまった。失敗に赤くなりながら顔を上げると彼女と目が合い、どちらともなく声を出して笑った。
この失敗のおかげで随分と打ち解けることが出来た。彼女に聞いたところでは、昨日の男は大森といい年齢は三十代前半と若いが、村役場を一人で切り盛りしているとのことだった。この後、役場で彼と話をすることになっているらしい。本当は彼女のことを色々聞きたかったが、女性と話すのは苦手であり何を聞いていいか分からなかった。
「いやあ、こちらに保養所を作られると聞いて村をあげて喜んでいるんです」
彼女に案内され役場に行くと大森の他に村長の谷という六十代位の小柄な男性が出てきて言った。
「ほよう・・・、あ、ああ、そうなんです。弊社の福利厚生として、あの、その・・・、えっと、そうなんです」
どうやら林課長が、この村に保養所を作ることを検討しており、試しに村で暮らしてみるため社員を一人派遣するという話をしていたようだ。
ゆうべ、晩御飯のあとそのまま眠ってしまい、村に来た理由を何も考えられなかったので助かったと思った。昨日の大森の態度にも納得がいった。ただ、だったらそう言っておいて欲しかったという思いもした。
面談は30分ほどだった。その間に村長から村の説明があったが、特に観光名所や特産品などもなく地味な村との印象だった。山あいだからか霧が多く霧山村という名前になったとのことだった。これも想像通りだった。ただ、面談の間、村長も大森も終始笑顔だったはずだが、何故か二人とも目の奥は笑っていない感じがし居心地が悪かった。
面談が終わりさくらの案内で村を見て回ることになった。村長の説明通り村の中に見るべきものもなく、時々農作業をする人を見かけるだけだった。村の人は皆、彼女が一緒だからか気さくに声を掛けてきた。元々人付き合いは得意ではなく田舎特有の閉鎖的な感じがしたら嫌だなと思っていたので安心した。
「せんせー、さくらせんせー」
学校の前に来たとき運動場に居た生徒の一人が叫んだ。校庭にいた生徒が全員振り向き口々に声を出しながら手を振ってきた。
その歓声に驚いたが、それ以上に子供の多さに驚いた。百人近くは居るように見えた。その学校は小中一貫校と聞いていたが、田舎の分校をイメージしていたためせいぜい生徒数は十数人程度だろうと思い込んでいた。さっきまでの村の印象とのギャップに戸惑ってしまった。
「みんなー、運動会頑張ってね」
彼女も手を振り返しながら大声で答えていた。彼女の話では近々運動会が予定されており、今日はその練習をしているらしかった。
「先生だったんだ」
学校を過ぎ村の奥にある神社に向かいながら聞いた。
「いえ、本当の先生じゃないんです。でも、こんな田舎でしょ。だから家庭科なんかは村の人が教えるのを手伝ったりするんです。それでみんな先生って」
少しはにかみながら彼女が答えた。その控えめな笑顔がとても可愛らしかった。
「それにしても思ったより子供が多いのでびっくりしたよ」
何気なく思ったことを言っただけだが、彼女の体が一瞬固まった気がした。
「えっ、こんなものでしょ」
さっきまでとは違い少しきつめの口調で答えが返ってきたので驚いた。何かまずいことでも言ったかと戸惑ってしまった。
「さあ、ここが村の守り神の霧山神社です。ここで今夜、巽さんの歓迎会を開きますね」
何事もなかったように笑顔で彼女が言い、神社への階段を登って行った。
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