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プロローグ
厄介払い
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「巽君、実は君にお願いがあってね。少し面倒だが君にしか出来ない仕事なんだ。どうだろう、やってくれないだろうか」
下を向いて課長に突き返された稟議書の計算間違いを直していると、いきなり頭の上で声がした。
「おい巽君、聞いてるのか。部長が仰ってるんだぞ。返事をしたらどうだ」
課長の苛ついた声が聞こえた。
顔を上げると、こちらを睨み付けているひょろ長い葱のような課長の横に、にこにこと明らかな作り笑いを浮かべるじゃが芋のような小柄で丸い部長がいた。
「はあ」
話が飲み込めず間抜けな返事をしてしまった。
「おい、部長に対して何だその態度は、大体お前は・・・」
課長が金切り声でどなり出したが、すぐに部長が手を上げてそれを止めた。
「いやあ、仕事の手を止めて申し訳ない。さっきも言ったが是非君にやってもらいたい仕事があってね。いや、これはもはや君のための仕事と言ってもいいと思うんだ。なのでよろしく頼むよ」
「はあ」
まだ何をするかも聞いていないが、仕事をすることだけは決まってしまった。もっともこれがいつもの部長のやり口であり、最初から断ることは出来ないと決まっていた。
「じゃあ、細かなことは林課長から聞いてくれ。 林君頼むよ」
そう言うと部長は部屋を出ていった。
「はい、お任せ下さい」
まるで召し使いのような返事をして部長を送り出した後、振り返って課長が言った。
「おい、巽、独身で彼女もおらず時間を持て余しているお前にお誂え向きの仕事だ。それでいて手当てもたっぷり貰える。なんて羨ましいんだ。課長じゃなければ俺が行きたいくらいだ」
そう言いながら机の上に書類を置いた。書類の上には明朝体の大きな文字で『霧山村総合リゾート開発(IR)計画』と書かれていた。
「今、残念ながら我が社の業績は厳しいが、それを挽回するため社長肝いりのプロジェクトが立ち上がった。これは当社の命運を左右する大変重要なプロジェクトであり、また過疎の進む地方の再開発という日本の将来にとっても大きな意義のあるものである。このような名誉あるプロジェクトに君が選ばれたことは上司として非常に喜ばしい。尚、詳しい話はその企画書に書いてあるので、それに従って自分の判断で進めてもらいたい。以上」
急に改まった口調で言うと課長も部屋を出ていった。
あまりの急展開に呆然と机に置かれた企画書を見つめていた。
「あれって営業部の仕事だよな。なんで総務に回ってくるんだ」
仕事をする振りをしながら事の成り行きを見守っていた同僚たちが小声で話しているのが聞こえた。
「あなた、知らないの。あれって、社長が思い付いたやつでしょ。リゾート開発のため地主の同意を取るって営業部の人が何人か行ったけど、凄い山の中の田舎でとても事業化出来ないって匙投げちゃって。でも社長に誰も言えなくて」
「それでこっちに」
「多分、部長が受けたのね」
「なんで」
「馬鹿ね、社長のプロジェクトでしょ。出来ないなら誰かが責任を取る必要があるでしょ。でも営業部の人に責任を取らせるわけにもいかないし・・・」
「でもそれじゃ部長が貧乏くじを引いたってことじゃ」
「そこが部長が寝技師と言われるところね。部長は社長の甥っ子でしょ。部長になら社長も強く言えないし。部長としたらこれで営業部を統括している専務に恩を売れるでしょ。あとは適当に時間稼ぎをしながら社長が諦めるのを待つだけってこと。もし社長が怒ったらその時は誰かに責任を・・・ってとこね」
「ふーん、失敗前提の仕事か・・・」
その時オフィスの電話が鳴り、2人とも仕事に戻ったようだった。
企画書をぺらぺらめくったが全部読み込むのには時間がかかりそうだったので、まずは目の前の稟議書の直しを終わらせることにした。
昼御飯にコンビニ弁当を食べながら企画書に目を通した。
それは今の日本経済の俯瞰から始まり会社の歴史とこれからの新規事業としての総合リゾート開発にかける決意およびその社会的意義が大袈裟な文章で書かれていたが具体的な内容についてはほとんど書かれていなかった。ただ書かれていたのは今までの営業部の失敗を教訓とし、現地に定住し村の中に溶け込んだ上で地主たちの賛同を得たあと事業化に着手するということだった。そこには営業部として霧山村が総合リゾート開発用地として不適当と判断したとは一言も書かれていなかった。
お昼から戻ると課長に呼ばれた。
「巽君、今日はもう帰っていい。明日からは霧山村に行って住む場所を探してこい。1週間で住む場所を決め、来月には定住を始めてくれ」
痩せて神経質そうな顔を向け早口に言った。
「え、明日ですか」
余りの性急さに驚いた。
「当たり前じゃないか、何を言ってるんだ。スピードだ、スピード。いつも言ってるだろうが。仕事はスピードだ。ったく・・・。あ、あと、予算には限りがあるからよく考えて行動すること。いいな。分かったら早く帰れ」
課長が怒鳴った。
仕方なく机を片付け帰ることにした。部屋を出るとき挨拶したが、課長はただ頷いただけだった。
「ふう、これで厄介払いが出来た」
廊下に出ると部屋の中から課長が嬉しそうに言う声と皆の笑い声が聞こえた。
下を向いて課長に突き返された稟議書の計算間違いを直していると、いきなり頭の上で声がした。
「おい巽君、聞いてるのか。部長が仰ってるんだぞ。返事をしたらどうだ」
課長の苛ついた声が聞こえた。
顔を上げると、こちらを睨み付けているひょろ長い葱のような課長の横に、にこにこと明らかな作り笑いを浮かべるじゃが芋のような小柄で丸い部長がいた。
「はあ」
話が飲み込めず間抜けな返事をしてしまった。
「おい、部長に対して何だその態度は、大体お前は・・・」
課長が金切り声でどなり出したが、すぐに部長が手を上げてそれを止めた。
「いやあ、仕事の手を止めて申し訳ない。さっきも言ったが是非君にやってもらいたい仕事があってね。いや、これはもはや君のための仕事と言ってもいいと思うんだ。なのでよろしく頼むよ」
「はあ」
まだ何をするかも聞いていないが、仕事をすることだけは決まってしまった。もっともこれがいつもの部長のやり口であり、最初から断ることは出来ないと決まっていた。
「じゃあ、細かなことは林課長から聞いてくれ。 林君頼むよ」
そう言うと部長は部屋を出ていった。
「はい、お任せ下さい」
まるで召し使いのような返事をして部長を送り出した後、振り返って課長が言った。
「おい、巽、独身で彼女もおらず時間を持て余しているお前にお誂え向きの仕事だ。それでいて手当てもたっぷり貰える。なんて羨ましいんだ。課長じゃなければ俺が行きたいくらいだ」
そう言いながら机の上に書類を置いた。書類の上には明朝体の大きな文字で『霧山村総合リゾート開発(IR)計画』と書かれていた。
「今、残念ながら我が社の業績は厳しいが、それを挽回するため社長肝いりのプロジェクトが立ち上がった。これは当社の命運を左右する大変重要なプロジェクトであり、また過疎の進む地方の再開発という日本の将来にとっても大きな意義のあるものである。このような名誉あるプロジェクトに君が選ばれたことは上司として非常に喜ばしい。尚、詳しい話はその企画書に書いてあるので、それに従って自分の判断で進めてもらいたい。以上」
急に改まった口調で言うと課長も部屋を出ていった。
あまりの急展開に呆然と机に置かれた企画書を見つめていた。
「あれって営業部の仕事だよな。なんで総務に回ってくるんだ」
仕事をする振りをしながら事の成り行きを見守っていた同僚たちが小声で話しているのが聞こえた。
「あなた、知らないの。あれって、社長が思い付いたやつでしょ。リゾート開発のため地主の同意を取るって営業部の人が何人か行ったけど、凄い山の中の田舎でとても事業化出来ないって匙投げちゃって。でも社長に誰も言えなくて」
「それでこっちに」
「多分、部長が受けたのね」
「なんで」
「馬鹿ね、社長のプロジェクトでしょ。出来ないなら誰かが責任を取る必要があるでしょ。でも営業部の人に責任を取らせるわけにもいかないし・・・」
「でもそれじゃ部長が貧乏くじを引いたってことじゃ」
「そこが部長が寝技師と言われるところね。部長は社長の甥っ子でしょ。部長になら社長も強く言えないし。部長としたらこれで営業部を統括している専務に恩を売れるでしょ。あとは適当に時間稼ぎをしながら社長が諦めるのを待つだけってこと。もし社長が怒ったらその時は誰かに責任を・・・ってとこね」
「ふーん、失敗前提の仕事か・・・」
その時オフィスの電話が鳴り、2人とも仕事に戻ったようだった。
企画書をぺらぺらめくったが全部読み込むのには時間がかかりそうだったので、まずは目の前の稟議書の直しを終わらせることにした。
昼御飯にコンビニ弁当を食べながら企画書に目を通した。
それは今の日本経済の俯瞰から始まり会社の歴史とこれからの新規事業としての総合リゾート開発にかける決意およびその社会的意義が大袈裟な文章で書かれていたが具体的な内容についてはほとんど書かれていなかった。ただ書かれていたのは今までの営業部の失敗を教訓とし、現地に定住し村の中に溶け込んだ上で地主たちの賛同を得たあと事業化に着手するということだった。そこには営業部として霧山村が総合リゾート開発用地として不適当と判断したとは一言も書かれていなかった。
お昼から戻ると課長に呼ばれた。
「巽君、今日はもう帰っていい。明日からは霧山村に行って住む場所を探してこい。1週間で住む場所を決め、来月には定住を始めてくれ」
痩せて神経質そうな顔を向け早口に言った。
「え、明日ですか」
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「当たり前じゃないか、何を言ってるんだ。スピードだ、スピード。いつも言ってるだろうが。仕事はスピードだ。ったく・・・。あ、あと、予算には限りがあるからよく考えて行動すること。いいな。分かったら早く帰れ」
課長が怒鳴った。
仕方なく机を片付け帰ることにした。部屋を出るとき挨拶したが、課長はただ頷いただけだった。
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