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40「幽霊騒動10」
しおりを挟む寮長に見つかってなんやかんや難を逃れてから幽霊の噂話をする人も減り、食堂や寮内でもほとんど聞かなくなっていた。
人のうわさもなんとやらって事かな。
とりあえず収まってくれて良かった。怖い話はもうたくさんだ。
俺はというと寮長と対峙して顔こそ見られてはいないが、あの日丁度部屋から出たところで声を掛けられたので俺が部屋を抜け出している事がバレているんじゃないかとヒヤヒヤする日々を送っていたのだけど特に何も言われることもなくたまに会う寮長はいたって普通で特にこちらの事を気にする素振りはなかった。
だ、大丈夫だったって事でいいの?
モヤモヤする…。
未だにキスが出来ていない。
このままじゃあ佐々木先生と…。
悔しいからできれば違う人とするっていう強い意志はあるが踏み切れずにいる。
どうしたらいいんだよ。
俺とキスしてください!って言うんか?
平凡代表な見た目の俺と?誰がしてくれるって言うんだ。
あああ、と小さく呻くと頭をフルフルと振って自室のベッドへダイブした。
ここ最近この事を考えると逃避行動したくなって調理室へ駆け込んでは生クリームを泡立ててむさぼり食べると言う奇行に走っていた。
食べきれず余ったクリームはもったいないので、調理室でスコーンを焼いてつけて食べたり。
三ツ矢にもあげたり。
甘ったるいーとかいいながらも付き合ってくれる、いい奴だ。
壮馬は甘いもの苦手だから貰ってくれない。
西にもおすそ分けしようとしたけど試合が近いため断られてしまったが隣にいた満がキラキラした目で見ていたので満におすそ分けしてあげた。
スコーンを割ってクリームをつけてハグハグ食べてる姿が新鮮でにこにこしながら見ていたら視線に気づいた満の瞳が一気にに鋭くなって警戒されてしまった。
うーんなんだか野生の動物を手懐けている感じに似ている。
この前の一件で満は俺に対して敵意?を隠さなくなったのか素直に感情をぶつけてくるようになったのだけど、最初こそへこんだりして悩んだりしたもののすっかり慣れてしまった俺は笑顔で流し受け出来るようになっていた。
そうするとさらに嫌な顔をしてなにかしら言ってくるので俺も応酬する。
そんなやり取りが続いていた。
西はこんなにすぐ打ち解けたのはお前さんが初めてかもしれんって言ってたけど本当に仲良くなれているのかはちょっとわからない。
喧嘩するほど仲がいいってことなのかな。
俺は喧嘩をしているつもりはないんだけど…。
満のほっぺにスコーンの屑が付いているのを目を見つめながら目を細めた。
いいんだよ、もっとお食べ。
「…っその目をやめろ!」
うーうー唸ってる。
「おかわりあるよ?」
「…食う」
俺が差し出したスコーンをまだむすっとした顔で受け取った満を見て俺はまた笑顔になった。
やっぱり餌付け感は拭えない。
西も俺たちのやり取りを何とも言えない顔で見守っていた。
ちょっと作りすぎたから食べてもらえてよかった。
次からはもう少し計画的に作らないとね。
…いやいや、スコーン作って食べてる場合か!
山積みになった問題達が脳内に警鐘を鳴らしてくる。
うう、せっかく忘れてたのに俺の頭はしっかり焦っているし現実を突き付けてくる…。
・・・・・
土曜日、休みの寮内はどことなくゆったりとした時間が流れていてついついのんびりしたくなってしまうが今日は司波先生に午後から教員寮に来るようにと言われている。
朝ご飯は三ツ矢と壮馬の三人で一緒に食べた。
今日はデート?と聞くと何故か眉を下げてそうだよと返された。
デートならもっと楽しそうに答えるもんじゃないの?
なんとなくフォローしなきゃと頭の中で考えて精一杯の笑顔で女の子とデート羨ましいぜ!楽しんできてね!と励ますように言ったらますます複雑そうな顔をされてしまった。
いや、マジでなんでよ。
前はあんなにうっきうきして俺が聞かなくても教えてくれてたのに。
壮馬たちと別れて自室に戻るとお昼までには時間があるのだけど司波先生のところに行かなきゃと思うとまだ余裕があるにも関わらずなんだかソワソワしてしまって落ち着かなかった。
予定があるとその事ばっかり考えてしまって落ち着かないタイプって損だよなとつくづく思う。
落ち着かないまま時は過ぎ、約束の時間になったので教員寮へ。
部屋番号を確認してノックすると中から返事があり、程なくして出迎えられる。
案内された先のクッションに座るが、クッションは俺が今座っているところを含め五つあった。
ここにいるのは俺と司波先生の二人だけだ。
あと3人来るって事…?
暫く座ったまま待っていると扉の向こうから佐々木先生の声が聞こえた。
司波先生が出迎え、ゆったりした足取りで中へ入って来ると俺の姿を目に留め隣に腰を掛けた。
「や、夏目くん。こんにちは」
「こんにちは…」
戸惑いながらも挨拶を返したが司波先生は特に焦った様子もない、佐々木先生が来るのは予定されていたことだったのか。
「司波先生お茶はまだですかー?」
「今入れてます!佐々木先生も手伝ってください!」
はいはい、と手伝うために立ち上がった佐々木先生を目で追う。
長身の男二人があまり広いとは言えないキッチンに立ってカチャカチャとお茶の用意をしている様子がなんだか微笑ましくて後ろ姿を眺めていると、トレイに3人分のお茶を乗せて佐々木先生が戻って来た。
「はい、どうぞ。濃い目に入れてくれたから氷で溶かしながら飲んでね」
それぞれのコップには氷が入っていてそこへ急須で入れたお茶を丁寧に回し入れていく。
目の前に置かれたコップを手に取り揺ら揺ら氷を揺らすとからからと小気味よい音を立ててお茶と氷が混じっていった。しばらくその様子を見つめたのちひとくち口に含むと、遅れて緑茶の香りがふわっと香ってほっと息をついた。
自分で思っていたよりも喉が渇いていたみたいだ。
遅れて司波先生もやって来て俺たちの前へ座った。
「早速だけど夏目くん」
「は、はい!」
「この話は君の許可がないと進める事が出来ないから単刀直入に聞くね。青瀬寮長に君の体質について話してもいいかな」
「俺の体質の事をですか…?」
「うん、ずっと探していた協力者なんだけど、俺は青瀬くんを推薦する」
「寮長?」
寮長を協力者に?
な、なんで?
何故急に青瀬寮長が出てくるのかわからず戸惑いながら司波先生の方へ視線を泳がせると、黙ったままこちらを見ていた瞳と目が合った。
「僕も佐々木先生の案に賛同したのでこの場を設けてもらいました。寮長が事情を知っていれば多少の融通が利きますからこの先この学園で過ごしていく上で大きなメリットになると思いまして。先日青瀬くんと夏目くんが鉢合わせてからこちらの情報を探っているようですし、すべてが明るみに出る前に青瀬くんを仲間に引き入れようという算段です」
「まあ、色々と説明したけど、一番はそれが大きな理由なんだよね」
「もちろん協力するしないというのは青瀬くんにこれから打診して判断を委ねますが、事情を説明して夏目くんの体質を把握してもらえれば今回のような騒動が起きることを避けられますから」
「それで夏目くんはどうかな?」
ちらりと二人の視線がこちらへ向く。
思わず身体に力を入れて姿勢を正して、今言われたことを頭の中で整理する。
協力者云々は置いといて事情を説明する必要はあると思う。
この前夜の廊下で対峙したことはちょっとしたトラウマだしもうあんな目には遭いたくない。
きっと先生たちもそれが最善であり俺が承諾することを織り込んでこの場を設けたんだと思う。
「はい。大丈夫です」
俺の答えに司波先生はほっとしたように微笑むと、わかりましたと言い残し部屋から出て行ってしまった。
「…ありがとう。俺たちが決めた事を後出しでお願いした形になってしまったから、正直君はそう言うしかなかったよね」
「きっと先生たちが色々と考えた上での提案だと思うので、俺も異論はありません。…それに寮長には遅かれ早かれ見つかってしまいそうだったし、俺も隠しながら過ごすのしんどかったので」
「うん、青瀬くんがこっち側に来てくれれば出来ることも増えるし悪い事ばかりじゃないさ」
困ったように眉を下げながら苦笑いした佐々木先生がお茶をコクリと一口飲みコップの手元を見ながら呟いた。
ふと、口を閉じるとゆっくりとこちらに向き直った先生が至極真面目な顔をしてこちらを見るので俺もなんとなく喋るのが憚れてじっと見返す。
「まあ、俺としては君と触れ合える時間が減っちゃうからそこはちょっと残念かな?」
数回パチパチと瞬きをしてから、言われた言葉の意味を理解して自然と眉にしわが寄っていった。
真剣な顔をしたのでちょっと気を遣ったのに。
「ふふ、いいねその目」
「…俺は嬉しいですよ。先生にセクハラされなくて済みますから」
「へえ、セクハラってなんのことかな?」
「…っえ、あ…ちょっと…」
楽しそうに瞳を細めると猫みたいに前のめりになって顔をずいっと近づけてくる。
思わず言い返したが相変わらず飄々と受け止めてこちらの出方を伺っているような返し。
ぐぬ、唇を閉じ負けじと見返していると戻って来たらしい司波先生にそっと肩を掴まれ佐々木先生から距離を取るように離された。
「なにしてるんですか、佐々木先生」
「ああ、おかえりなさい。どうでした?」
「すぐに来るそうです」
「えっとじゃあ俺はそろそろ」
「何言ってるの、夏目くんもここにいてもらわないと」
誰かが来るらしい。
俺はこの場から出て行った方がいいかもと腰を上げると声で制されて上がりかけていた身体がぴたりと止まる。
「本題はここからだよ」
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