俺は絶対に男になんてときめかない!~ときめいたら女体化する体質なんてきいてない!~

立花リリオ

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36「幽霊騒動6」

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数分歩いた先に学生寮とは別の小さな建物が見えてきた。
これが、教員寮なのかな。

迷いなく入って行く司波先生の後について行く。

「こちらです。どうぞ」

そのうちの一つの扉を開いて中へ入るように促されたので恐る恐る部屋へ入った。

社員寮は、学生寮よりも広くキッチンもあり洗濯やバスルームなど一通りの設備が揃っているようだった。
先生の部屋は机周りの本やノートが何冊も机の上に重ねられて置いてある以外には物はほとんどなく殺風景な室内だった。

「こちらに座って待っていてくれますか?紅茶は…カフェインがあるから今飲むと眠れなくなっちゃうかな…、ルイボスティーを入れますね」

考えるように独り言を呟きながら棚にあるお茶のパッケージを見比べている先生。
お茶の事はよくわからないので任せることにしてそのまま案内されたところへ座ってじっとしておく。

「あ、熱っ」
「だ、大丈夫ですか?」
「少しこぼしてしまっただけです。すみません慌ただしくて」

いつもよりも緊張したような司波先生の様子につられてなんだか俺まで落ち着かなくなる。
コップをふたつ持ってローテーブルに置くと司波先生は俺の向かい側に座って入れたばかりのお茶の入ったコップを両手で包むようにして擦りながらしばらく湯気をぼんやりと眺めていた。
コクリとお茶を飲み込むとちらりと控えめな視線がこちらに向く。

「…ジェンダーチェンジの体質を実際に見るのは初めてなので…すみません。少しだけ動揺しています…情けない事ですが。…君は夏目くんなんですよね?」
「は、はい。あ、ハグすれば戻るので証明できますが…」

目の前にいるのは司波先生だけなので当然この場合司波先生とハグするという事になるわけだが。

俺の言葉にごふっとお茶を吹き出して咳き込んでしまった。
慌てて零れたお茶を拭き、一息つくと慌てたように司波先生が苦笑いした。

「い、いえっ疑っているわけでは…しかし、消灯後に発現するとは…一応事前調査ではそう言ったことはなかったとの事だったので一人部屋で部屋割りをお願いしておいたのですけど…困りましたね。今からでも桂木くんと同室に」
「い、いえ!一人部屋のままでお願いします!」
「え?でも…」
「そ、その、壮馬には迷惑かけたくなくて。あ、司波先生にも今まさに迷惑かかってますけど…トレーニングすればもしかしたらなんとかなるかもしれないし…あの、すみません…わがまま言って」

そういう思惑もあって一人部屋だったのか。
でも今更壮馬と同室になるのはちょっと難しい。
あんなことがまたあったら俺はどうしたらいいのかわからない。

今は女体化しているが、この前みたいに熱に浮かされる感じもなく身体も落ち着いているからあんな風になることは稀だと思いたいが。


「大丈夫ですよ、ではしばらくはそのまま様子を見ましょう。夏目くんが桂木くんに迷惑を掛けたくないという気持ちもわかります。彼の負担を減らしたいということですよね」
「はい、俺…壮馬にこれ以上無理をさせたくないんです」
「…夏目くん…」

俯きながら絞り出した言葉は震えてしまっていた。
司波先生は戸惑ったように俺の名前を呼んだがそれ以上何も言わなかった。
お互い黙ったままの沈黙が続いたが、こほんと咳ばらいをして明るい口調で司波先生が笑いかけてくれた。

「自分の事を知るためにもトレーニングを早めに始めましょう…そのためには協力者が必要なんですが…協力してくれる方は見つかりそうですか?」
「そ、それは…まったく見当もついていません…」
「ああ、そんな落ち込まないでください。しばらくは僕の部屋に避難する形を取って、協力者を探していきましょう、ね?」

コクリと頷き、先生が入れてくれたお茶で喉を潤す。


「ルイボスティーって言ってましたっけこれ。おいしいですね」
「…はい。カフェインが入っていないので夜に飲むのに丁度いいと思いまして。リラックス効果もあるんですよ」

何気なくした会話だが司波先生は先ほどからずっと表情が硬く、どこか落ち着かない様子だった。
顔色もあまり良くないように見える。

俺は先ほどよりも少しだけ体調は良くなったがこのままの姿でいる訳にもいかないのでどうしたらいいものかと思いつつ言い出せず出してくれたお茶をちびちび飲みながらじっとしていた。

突然ガバリと音が付きそうなほどの勢いで顔を上げた司波先生が覚悟を決めたようにこちらを見つめてくるので思わず俺も持っていたコップを机に置いて姿勢を正す。
お互いにじっと見つめあう形でしばしの沈黙。

「えっと…僕しかいないので、処置しますが…夏目くんは大丈夫ですか?」
「は、はい…お願いします」
「…わかりました、では…」


コンコン。

ふらりと司波先生が立ち上がったのと同じタイミングでドアからノックの音が聞こえた、それとほぼ同時にガチャリと玄関の扉が開く。
びっくりして思わずそちらに視線をやると誰かが入って来たようで突然の事に俺は自分が今どんな姿でいるかという事をすっかり忘れて目をぱちくりさせながら声の主を見ていた。

「司波せんせーちょっといいですか?この間のことですけどなんか嫌な予感がしたんで…」
「…さ、佐々木先生!勝手に入ってこないで下さいといつもいつも!また鍵勝手に開けましたね!!」
「ふふ、いいでしょ、これ俺の特技なんですよー」

あれ、この先生。
この前保健室に連れて行ってくれたキザ先生だ。
佐々木先生というのか。
ぽかんと見上げていると、佐々木先生もこちらに気付きぱちっと目が合った。

「…あれ?お取込み中でした?女の子を連れ込むなんて司波先生も隅に置けませんね…ふふっちゃんと内緒にしときますよ…」
「ち、ちち違いますよ!変な誤解しないでください!」

女の子?
そうだ俺今…。
はっとした時にはもう遅い、ばっちり姿を見られてしまっていてどうにも誤魔化すことはできなかった。

ニヤニヤと笑いながらからかう様に司波先生に言い放った佐々木先生が、はたと気付いたように俺の方へズカズカと歩いてくる。
そのまま腰を落として俺の顔を覗き込むとからかっていた表情から一変して顔に手を当て真剣な顔をしてまじまじと考え込むように呟いた。

「いや、君は………ああ…やっぱり厄介な体質だったね」
「え?」

体質?
俺の体質の事を知っている?
体質の事って基本的には人に言わないんじゃなかったっけ?
などと疑問符を思い浮かべているとその様子に気付いた佐々木先生が安心させるように少し笑みを浮かべた。

「実は俺ちょっとだけ診えるんだ。大っぴらにしたくないから内緒ね」
「見える…?」

内緒ねと片目を瞑って指先を唇に当てているポーズがとても様になっているが今なんて言った?
体質が見えるって…。

原理は分からないがそういう人もいるのかもしれない。
わからない事だらけの世界だし…。
どんなふうに見えるんだろう。

「で、リバートはこれからなんですか?」

俺の事を以前じろじろと見ながら司波先生に問うが、俺は目の前の無遠慮な視線に落ち着かない。
綺麗な顔のお兄さんが間近で俺の顔や身体をじろじろと見ている。

身体見られるのなんか普通に恥ずかしいんだけど…。
ジワリと頬が熱くなるのが分かって余計に恥ずかしさが増す。

「興味あるな、いろんな体質持ちに会ったけど性別が変わるタイプを実際に見るのは初めてだ。ちょっと診せてね…」
「あ、あの…」

顎をクイと持ち上げられ目の奥をじっと見つめられる。
近距離で見詰めあっているのだが、その目は俺を見ているようで何か違うものを見ているような感じがした。

「ふむ、ああ、若干の魅了(チャーム)もある。でも俺にはこの程度効かないかな、ふふ」
「えっ…あ、ちょっと…ど、どこ触って…っ」

顎から手を離し今度はお腹のあたりをさわさわと優しく擦られて、不意打ちの刺激にぞわぞわと震えてしまった。

「なるほどやっぱり間違いないね、珍しいなサ…」
「そこまでです!あまり生徒を困らせないでください!」

司波先生が背後から俺の肩を掴み佐々木先生から引き離すように引っ張った。
引っ張られるまま司波先生の胸に倒れ込む。

あれ、司波先生の息が荒い。
なんだかとても苦しそうだ。
肩で息をしているのか呼吸する度にその振動が背中に伝わってきた。

「ごめんごめん、つい気になるとさあ」

苦笑いしながら謝られて、俺ははあ…としか答えられなかった。
しかし次の瞬間には佐々木先生は難しい顔をして司波先生を見ていた。

「…やっぱ嫌な予感当たったなあ…来て正解だ。司波先生…俺忠告しましたよね?」
「っ…そ、それはそうですが…今は緊急事態ですし少しぐらいなら…」
「本当にやめといた方がいいですよ。先生、自分の分の精気も足りてないんだから分けてあげるなんて無理ですって」

真剣な顔をして、少し怒っているようにも見える佐々木先生が司波先生に向き直って言う。
その言葉に司波先生は目に見えて気を落としていた。

え…?
精気が足りない?
まったく話が見えてこない。

「さっきから心臓バクバクしてやばいんじゃないですか?脅しとかじゃないんでこれ、危ないですよーこのままだと」
「…そんなことは……っ…」
「司波先生っ!」

そう言った瞬間、司波先生が苦しそうに呻き荒い息をぜえぜえと吐きながら俯いてしまった。
辛そうな司波先生が心配で手を伸ばすが寸でのところで止まる。

先ほどの会話から推測する。
精気が足りなくて分けてあげられるほどないって言っていた。

俺の体質が戻る条件は”ハグなどの接触により触れた相手の精気を吸う”だ。
嫌な予感に背中がぞくりとした。

俺が司波先生の精気を吸ってしまったからこんなに苦しそうにしているってことなのかな。

さっきの。

非常口で慌てて司波先生の方へ飛び込んでしまった時だ。
抱き留めてくれた司波先生とくっついたままじっとしていた。
数分の出来事…。
きっとあの時だ…。

どうしよう。
先生…。

俺のせいじゃないか。

苦しそうな先生に触れることもできない。

この世界に来てからずっと優しく柔和な笑みで俺の事を気遣ってくれた先生。
そんな先生に俺は何も返すことができないなんて。

視界がジワリと潤み、唇が震えるのを必死で耐えながら声を絞り出す。

「先生…っ…ご、ごめんなさい…俺の…俺のせいだ…」

触れることの出来ない掌をぎゅうっと強く握り込んで涙を堪えていると、いつの間にか近くに来ていた佐々木先生が落ち着かせるように優しく背中に触れてきた。
見上げるとふわりと笑って指の腹で目尻に溜まっていた涙を拭われて視線を上げるが佐々木先生はそのまま俯いたまま顔を上げることの出来ない様子の司波先生の元へ行き跪いた。
苦しそうに呻く司波先生に向かって何か呟きだしそして掌で背中を擦ってしばらくそれを繰り返す。
徐々に苦しそうだった司波先生の呼吸が徐々に整い、ゆっくりと目を開いた。

「大丈夫。司波先生は少し休めば良くなるよ。それよりも君だ。夏目くんだったね、緊急につき同意省略するけど後で怒らないでよ」

え、と思う間もなく佐々木先生の身体に包まれていた。
抱きしめられた身体が今までにないくらい一気に熱を帯びた。

「あ、…あっ?♡」
「…俺が戻してあげる♡」


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