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34「幽霊騒動4」

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ふらふらな足取りだったが、支えながら隣を歩いてくれた先生のおかげで何とか保健室までたどり着けた。
自分でも気づかないうちに体調が悪化していたみたいだ。

保健室に入ると真っ青な顔の俺を見て司波先生までさあっと血の気が引いていた。心配してわたわたしていた先生が机の角に足をぶつけて悶えている姿に不謹慎にもちょっとだけ笑ってしまった。
慌てて口を噤んだが、一緒に付き添ってくれたキザ先生は盛大に笑っていた。

司波先生にベッドに寝るように言われて、別に眠たくなかったのだけどとりあえず言われるまま横になってみたらすぐに気を失う様に意識が落ちていった。
眠りに落ちる意識の中、カーテンの向こうで司波先生とキザ先生がなにやら話をしていたみたいだけど何を言っているかまではわからなかった。





目が覚めた時だるさが少し和らいで身体が軽くなっていてここ最近のだるさが無くなったのが嬉しくてほっとする。
ほんのりと体調が悪いと言うのは日中のパフォーマンスも落ちるしメンタルにも響く。
だからちょっとだけ気持ちが晴れた。


そんなことを考えていたらいつの間にかいつも柔和な司波先生が真剣な顔をして俺の顔を見ていたので安心させたくて元気になったので大丈夫ですと言ったのだけど先生の表情は固いままだった。
起きた時キザ先生はいなくなっていて、結局名前を聞きそびれてしまったな。



体調不良の原因はわからないままだ。

寝不足とかなのかな?
でも基本的に消灯後には俺はベッドに入って眠っているからそこまで睡眠時間が短いという事はないと思うのだけど…。
ご飯だって毎日おいしいからたくさん食べているし。
なんならちょっと太った気がする…。




・・・・




先日の幽霊騒動からしばらく経ちそれまではコソコソと寮生の間で噂される程度であったのだが、風のうわさというのはあっと言う間に広がり今では誰もが知っているぐらいの騒ぎになっていた。
夕飯を食べている間もどこかしこで聞こえてくる幽霊談義。
もっぱらこの話題で持ち切りだった。


俺としてはもうやめてほしい。
毎日どこどこで見ただのあそこには日本兵の墓がだの…。
嘘か本当かわからない変な噂まで俺の耳に入ってくる。

やめろよ、トイレとか行けなくなるだろ。




あの日以降壮馬と話せる気がせずどうなる事かと思ったのだけど、今も朝食や夕食を一緒に食べている。

三ツ矢のおかげだった。

朝寝坊しがちだった三ツ矢が俺たちがご飯を食べに行く時間に起きて、一緒についてくるようになったのだ。

夕食も俺を誘ってくれるし、なんかとても気を遣ってくれている気がする。
その流れで壮馬にも声を掛けてくれるので、俺たちは寮で過ごすとき3人でいることが多くなった。

壮馬とも少しだけど会話ができた時は嬉しくて心の中で喜んでいたら、三ツ矢も嬉しそうにこっちを見ていたり、こっそりお礼を言った時もなんかめっちゃ照れてた。

三ツ矢が挙動不審だったのは俺の寮部屋前でわたわたしていた一件のみでそれ以来そんな素振りを見せることはなかった。
結局なんでそうなったのかはわからず仕舞いだがたぶん聞いてもはぐらかされそうだから俺としてもこれ以上踏み込むことはしないでおく。

そんな感じで間を取り持ってくれる三ツ矢には感謝しかない。
俺だけだったら今頃壮馬とは口もきけないままでどうにもならなかっただろう。
三ツ矢がいる間は壮馬とも話せる。


でもあくまでも三ツ矢が繋いでくれているだけだ。
俺があからさまに避けてしまったせいで自分からうまく話しかけづらくなってしまったのだ。

はあ、なんでこんなことになっちゃったのかな。

もっとこの世界の事も調べなきゃいけないし、帰るためのヒントとか手掛かりとかも探したいのに。
壮馬とだって前みたいに話したい。

もどかしい日々が続いていた。

あと、おばけこわい。





夕食後にお風呂に入ろうとする三ツ矢と壮馬について俺も一緒に大浴場に向かう。
寮生活を過ごして数日、なんとなく生活の流れができて言わなくてもご飯や、お風呂へ行くタイミングなんかを身体が覚えてくる。


お風呂の脱衣所で服を脱ぎながらふと最近気になっていることが頭を過った。

普段ははしゃいだり明るい三ツ矢なんだけどお風呂に入ってるときは口数が減って大人しいのだ。
食堂でも寮部屋でも何かと話をしているのに。

俺はお風呂でも話したいから一緒に湯船に浸かって声を掛けようとするんだけど絶妙に距離を取られるしあんまりこっちを見ないし話も相槌打つぐらいで積極的に話してくれない。

しかもその様子を壮馬がすんごい目で見てくるので、俺はそれ以降お風呂はさっと入ってすぐ出ていくようになった。
本当はゆっくり話しながら長湯したいんだけどあの空気に耐えられない。

一度だけ一緒に入るのが嫌なのかと思ってならばと俺一人で大浴場に行こうとしたら2人して慌ててついてきてお風呂に入る時は俺か壮馬くんを呼んで!と言われてしまった、もう訳がわからない。


そんなこともあって今日も早めに身体を洗いさっさと湯船に浸かっていた。

身体を洗い終わった三ツ矢が遅れて入ってきて、壮馬は俺と同じタイミングで一緒に浸かっていたのだが二人とも一定の距離を取って俺の両サイドにいる。
もう慣れたものなので、何も言うまい。


お風呂の気持ちよさにふう、と息を付いて浸かっているとざわざわと入口のあたりがなにやら騒がしい事に気付いた。
慌てて出ていく人たちとすれ違う様に2人の人影が入ってくる。

そこには青瀬寮長と草下副寮長が立っていた。

ふたりの姿を見つけるとざっと身体を洗って素早く出て行く者や、キラキラした目で見つめる者など様々な反応をしている。

騒めきの中に憧れとか尊敬の声が聞こえてきて思い出した。
寮長は学園では憧れの存在だから、それなりにファンとかもいるらしい。
持ち上がり組とかには熱心な人もいるとかなんとか。


「騒がせてすまない。楽にして入っててくれ」

寮長が気を遣わないようにと声を掛けるが皆散り散りに距離を取っている。
浴場内はどことなくざわついていて、遠目からコソコソ話してる奴もいた。


2人は気にした様子もなく身体を清めて湯船に歩いてきた。

ざばざばと湯船に浸かっていた1年生数人が立ち上がり出て行くのをぼんやり目で追ってはっと気づく。完全に出るタイミングを逃した。
三ツ矢も壮馬も同じく浸かったまま一連の騒ぎを見ていた。

「あーあ…行っちゃた。やっぱりこうなるよなあ」

困ったように草下副寮長が呟く。
それなりにいた大浴場には普段の半分以下の人数しか残っていなかった。
俺たちがいる湯船の前にゆっくりと入ってくる寮長たち。

俺も出来ればもう出たかったのだけど、俺たちまで出て行ってしまったら湯船には誰もいなくなってしまう。
寮長たちが困っているみたいだからそのまま浸かってじっとしていた。

「なんで寮長たちがこんな時間に入って来てんすか?」
「んー1年たちと交流しようと思って」
「みんな遠慮しちゃって俺らぐらいしかいませんけど」
「そうみたいだ」

三ツ矢はこういうとき物怖じせず話すので個人的にすごいと思っている。

困ったように笑った寮長、普段ピシッとセットされている髪が濡れて無造作に掻き上げられている。
湯船に浸かったことで上気した頬と濡れた肌が色香を纏っていて、とても艶やかだ。

男の人に色っぽさとかそう感じるのは変な事なのかな。
俺は目の前にいる裸の寮長が見れずなんとなく視線を落としお湯を見つめてやり過ごす。

「…ちょっと聞きたいことがあったんだが、また消灯の点呼の時にでも聞いてみることにするよ」
「聞きたいことって?」
「例の幽霊についてだ。噂の大元を探してるんだが、見つからなくてな。なにか心当たりはないか?気になる事でもいいんだが」

ざばと両腕を上げて湯船の縁にもたれる様にリラックスしている寮長も大変絵になる。
はっとしてまた視線を下げた。
無意識に視線が吸い寄せられてしまっていた。
あぶないあぶない。

「俺らは学食でみんなが話してたぐらいの事しか知らないですよ」
「面白がって噂流してるってだけじゃないんすか?」

三ツ矢と壮馬がそれぞれ知っていることを話しているが、正直俺も噂話ぐらいしか知らないのでこくこくと頷いた。
その様子を見てはあ、と寮長がため息をつく。

「…うーん。まあそうだよなあ。誰か知ってたとしても言わないだろうし…」
「話聞いて教えてくれるようならとっくに名乗り出てそうだしな、あと僕らができる事って巡回人数増やすぐらいじゃないかな?」
「あんまり増やしたくないんだがな、人手が足りない」
「一時だけの辛抱だよ。もしいたずら目的の噂ならそのうち治まるはずだし…みんなの安心を買うと思えば安いもんじゃない?」

寮長と副寮長が今後の対策について討論しだしてしまった。
そろそろ出たいが声を掛けるタイミングが…。
ああ、でもちょっとのぼせてきたし、もう限界かも。

話の腰を折ってしまうがしょうがない。
ゆるゆると手を上げて声を掛けた。

「あ、あの俺、そろそろ出ます…」
「ああ、すまん話し込んでしまった。草下、俺たちも出ようか。あまり長湯するとみんなが遠慮して入ってこれなさそうだ。大浴場へ来たのは失敗だったな」
「失敗ですか?」
「気を遣ってみんな出て行ってしまった。有益な情報も得られなかったしな」
「お、俺は寮長達とお風呂入れたの…ちょっとびっくりしたけど、嬉しかったです」
「ありがとう、夏目は愛い事を言うなあ」

ははは、と笑って立ち上がる寮長の逞しい肢体に思わず目を背けた。
いきなり立ち上がらないでほしい。

顔を背けて俺も湯船から上がろうとしたら、慌てたせいでバランスがうまく取れなくてよろけてしまった。

「こんなところで慌てると転ぶぞ」
「え、わあ」
「大丈夫か?悪い、俺が慌てさせちゃったかな」

ふわっと微笑みながら腕を掴まれていることに気付く。
倒れなかったのは寮長が支えてくれたからだったのか。
逞しい腕と胸元が目の前にある。

「っ!あ、ありがとうございま、あの、もう大丈夫です!」
「うん、そうか。…顔が赤いな。のぼせたか?」
「っ…そうです!のぼせたかもしれません!すぐ出ます…っ!」
「うん、無理はしないように」
「は、はい…」

爽やかに微笑みかけられぽうっと見上げていると、俺と寮長の間を遮るように三ツ矢が割り込んできた。
そしてそのまま俺の腕を取り、ぐいっと引かれる。
らしくない強引さに足がよろけそうになるが三ツ矢の腕ががっしり掴んでいるため転ぶことはなかった。

「律ちゃん大丈夫?ほらこっち、行こ。じゃあお先でーす」
「ああ、お前たちも何かわかったら俺か草下に知らせてくれると助かる」
「了解っす」

ヘラヘラといつもの笑みを浮かべて三ツ矢が歩き出した、俺の腕は掴まれたままなので従ってついて行くしかない。
振り返ると後ろからは壮馬が険しい顔をしてついて来ていた。

更に壮馬の背後に寮長と副寮長がいる。
ひらひらと手を振って見送られながら大浴場を後にした。



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