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33「幽霊騒動3」
しおりを挟む「二人一組でペアを組んでストレッチ始めー」
体育の授業中、ペアストレッチするようにと体育教師が笛を吹いて合図する。
指示に従い生徒たちがどんどんペアを組んでいくのを横目に見ながら俺は焦っていた。
普段なら迷いなく壮馬と組むのだが。
先ほどバチっと目が合った傍から逸らしてしまった。
「西!いっしょにやろ!」
「ん?ええがよ」
逸らした先に西がいたので慌てて駆け寄ってペアの申し出をしてみる。
後ろからチリチリと刺さるような視線を感じる気がするが振り向く勇気はない。
良かった。
西とペアを組めてほっとしていると近くにいた満が目を開いて固まっていた。
しまった…満は西と組みたかったのかな…。
でも、俺も今日は出来れば西と組みたい。
「桂木!満と組んでやってくれんか?」
「ああ…いいけど」
同じくペアを探していた壮馬に声を掛けてくれた。
満は壮馬の事は警戒していないみたいで戸惑いながらもそちらへ歩いていき壮馬とストレッチを始めた。
「…あの、ありがと。気使ってくれて」
「まあ、そがな時もあるけ気にしなさんな」
西の気遣いに感謝するが、俺は壮馬とのことを何も言ってないのにそんなにわかりやすかっただろうか。
「西はさ…ゆ、幽霊の話聞いた?」
「おう、聞いちゅうよ。あんま信じとらんけどな」
西の大きな背中を押しながら世間話をする。
大きな身体なのに身体が柔らかくて驚く。
柔道をやっていると言っていたから、身体は柔らかいのかも。
がっしりした背中を押すと簡単にくにゃんと前のめりになる、俺が押している意味あるのかってぐらいだ。
「スピカ寮の人が見たって…」
「そうらしいな、じゃけんど誰かはわかっちょらんみたいや。消灯後に見たっちゅう話やき、バレると罰則になるからたぶん名乗り出て来ん思うぞ」
「そうなんだ…」
交代して今度は俺が背中を押してもらう番だ。
座って足を広げると後ろから大きな掌がゆっくり力を掛けて背を押してくる。
「あ、あいたた…西っ…力強いよ……」
「いや、お前さんが堅いだけやき…、これは押し甲斐があるなあ」
「えっ、いや、お手柔らかに…」
ひくっと頬を引きつらせてお願いするが、西の絶妙な力加減で股関節が痛むギリギリを攻められて涙目になりながら柔軟を行った。
「もっとぐいぐい押されるかと思った…」
「痛めたら元も子もないからな、ほどほどにしとかないと」
「なるほど…」
今度は背合わせになってお互いの身体を引くストレッチなのだが…。
「う、うぐ…重い…っ」
「うーん…」
腕を掴んで引っ張るが背中に乗っている西が重くてプルプル震えながら支えるので精一杯だった。
余裕そうに俺の背に体重を預ける西がくすくすと笑っているのか、小さな震えが伝わってきた。
く、悔しい…。
「こんまいなあ…」
くくっと喉の奥で笑われて、たぶん小さいとかそんな感じの事を言われている気がした…。
ぜえぜえと息を吐きながらじとっと西を見ると悪いと軽く謝られた。
「満と交代しよう」
「え?」
「俺が桂木とやる」
そう言い残しストレッチをしている壮馬たちの元へ行ってしまった。
西が壮馬と満に話しかけているのをじっと見ていると遠目から見ても満がびくっと肩を震わせているのがわかった。
ギギギと首を動かし俺の方を見ているところを見るに嫌なんだろうなと思った。
「えっとよろしくね?」
「…」
渋々という態度でこちらにやってきた満に挨拶をすると小さく頷いて俺に背中を向けた。
俺も背を向けてお互いの腕を取りストレッチを始める。
身体を引きあって交互にやっていくが、身長が同じくらいの満は西の時と違ってやりやすかった。
満が大人しく俺の近くにいてくれるのもなんだか嬉しかった。
俺は初めてこんなに近くで満と過ごせたせいで調子に乗っていたんだと思う。
「そう言えば満って苗字が生駒って言うんだね」
「っ!」
「生駒って苗字、スピカの副寮長と一緒だ―…」
「お、お前には関係ないだろ!」
「えっ」
「あ……」
何気なくした苗字の話題。
満の苗字が副寮長と一緒だったことはずっと気になっていたから聞いて見たかったんだけど俺の放った一言で間にある空気が固まった気がした。
なんだかとても怒らせてしまったみたいだ。
満は一瞬怒ったように声を荒げてからしまったという苦い顔をして、俯いてしまった。
地雷を踏んでしまった気がする。
どうしたものかと悩んでいる間にピーっと笛の音が鳴り、集合がかけられた。
満は俺を素通りしてそのままぞろぞろと歩く生徒達の中へまざって行ってしまった。
「あー…生駒副寮長とは兄弟なんじゃけんど、あんまり仲良うないみたいやき、この話はタブーなんや。すまん…言っとけばよかったな」
西が俺の隣へ立ち、ポンと肩へ手を添えた。
はっとしてそちらを向くと困ったように眉を下げて謝られてしまった。
「知らなかったとはいえ、悪い事しちゃった…」
「いや、お前さんは悪うない。あんま気にするなよ、俺もフォローしとくき」
苗字が一緒だと気付いてから薄々そうではないかと思っていたが、やっぱり満は生駒副寮長と兄弟だったんだ。
そう言えば出会った時も自己紹介で名前だけ名乗ってたし、詮索されたくなかったのかもしれない。
せっかく仲良くなれるチャンスだったのに余計に溝が広がってしまった気がする。
「満!」
体育の授業が終わった後、教室に戻る道中に満の姿を見つけて後ろから声を掛ける。
満はビクリと肩を揺らしたが逃げることはなかったのでそのまま隣に並んで歩きながらちらりと様子を伺った。
表情は硬いが怒っているとか、そんな雰囲気はなかったので少しだけ安心した。
「あの、さっきはごめんね…」
「…こっちこそ、悪かった…。勝手に怒って…」
「そんなことないよ、俺があの話をした時に満すごく辛そうな顔してた…。知らなかったとはいえごめん…」
「…ちが、お前は悪くない…。俺が…」
俺の言葉に眉を寄せて俯いたがボソボソと紡がれる言葉は俺の耳には届かなかった。
「…俺さ満とずっと話してみたかったからちょっと浮かれちゃってて…」
「…え…俺と…?」
「うん、だって満って俺の事すっごい気にしてるよね。なんでかなと思ってさ」
「…っ!!」
「満?」
「……っ……気になんてしてないっ!」
「え、あっ……行っちゃった…」
俯いたまま大きな声で否定して、そのまま人の波を走り抜けて行ってしまった。
満の後ろ姿をぽかんと見送った。
人がたくさんいるのにスピードを緩めず、身軽な身のこなしで人を避けて行く満を見て足が早いな、なんて全く今置かれた状況とかけ離れた感想を抱いた。
また…なんか余計な事言ったっぽい…。
がっくり肩を落として俺も教室へ戻ることにした。
休み時間にトイレに寄った帰り、教室へ向かうため廊下を歩いていたのだけど足取りがいつもより重い気がした。
なんだか身体がだるい。
教室に戻るために歩いている道すがら身体に感じる不調。
実は今日に限った事じゃなかった。
最近体調の悪い日が増えている気がする。
気力が湧かないというかボーっとする日が多く学業に身が入らなくて少しだけ困っていた。
ただちょっとだるいと言うだけなので休むほどではないから学校へは来ているのだけど。
ふらふらと角を曲がろうとした瞬間目の前に突然影が現れて、避ける間もなくぶつかってしまった。
よろりとよろけても普段なら足で踏ん張れるはずだったのだが、今は体調があまり良くないせいで反応が遅れた。
倒れる、と思った瞬間。
すっと腕が伸びてきて腰を取られて支えられる。
あまりにスマートなその一連の流れに思わず目をパチパチと瞬かせて数秒思考が止まってしまった。
「お、っと…大丈夫かい?」
「っ!すみません、考え事をしてて…ありがとうございます」
「可愛い生徒にケガさせちゃいけないからね」
キザったらしい喋り方をしながら恭しく腰の腕をほどかれた。
改めて目の前の男性を見てみると、この学校の教員のようだった。
軽く撫でつけられた髪が大人の色気を放っている初めて見る先生だった。
微笑を湛えた顔が俺の顔を見ると少し険しくなった。
そのまま顔をじっと寄せて俺の事を凝視してくる。
「…んー…?君なかなか厄介な…」
気まずくてどうしたらいいのかわからずじっとしていると、ぽつりと一言よくわからない事を言われた。
「な、なにか?」
「いや、こっちの話。随分と体調が悪そうだね、顔が真っ青だ。保健室で休んだ方がいい」
「先生ーもう行っちゃうのー?」
「ああ、ごめんね。また質問があれば聞きにおいで」
ふんわり笑って声のした方に優雅な手つきで手を振ると、後ろからキャーと男子校に似つかわしくない黄色い悲鳴が聞こえた。
角の先に数名の生徒がいたようだ。
曲がってすぐにぶつかってしまったので気付かなかった。
背後からばいばーいとか、先生かっこいいとかきゃぴきゃぴした歓声が上がっているが、気にした様子もなく隣の先生は俺の身体を引きながら歩き出す。
どこかほっとした様子でこちらを見るとふっと微笑んだ。
「いやあ、助かったよ」
「え、はあ…」
助かったってなんだろう?
何もしていないけど、なんならぶつかってしまって悪いのはこちらだし…。
「さて保健室へ行こうか。今にも倒れてしまいそうだ」
腰に回された腕はがっしりと掴まれていてそのまま有無を言わさずに保健室までエスコートされてしまった。
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