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26「夜の訪問者」
しおりを挟む消灯時間になったのでベッドにもぐりこむ。
土日は点呼はなかったので、別にまだ寝なくてもいいんだけど特にやる事もないので寝てしまおう。
今日は色々あったけど楽しかった気がする。
三ツ矢って適当だし、人としてどうかと思う部分もあるけど一緒にいると周りが明るくなるからすごい。
きっと壮馬もそんな三ツ矢だから気持ちを隠さず話すんだな。
ちょっと態度が冷たい気もするけど…。
基本的に優しいんだよな。普段怒ったりすることはほとんどなくて俺が何か言っても笑顔でなんでも受け流しているし。
そういうところが女子にも人気だったりするのかな。
知らんけど…。
ちょっとだけ思い出した家族の事。
夜は考え出すと数珠繋ぎで色々な事を思い出してしまうから苦手だ。
見慣れない天井、シンと静まり返った室内。
急に孤独が身を包む。
家に帰りたい。
帰れるのかな。
ホットケーキの香り…。
想い出って香りでも思い出すんだな。
すん、と鼻を鳴らす。
目頭が熱くなるがそれ以上はぐっと堪えて考えることをやめるように頭を振った。
コン…。
小さな音が聞こえた。
最初は気のせいだと思ったけど、もう一度コンとノックらしき音が聞こえる。
暗闇の中に響く音にぞわぞわと背中が粟だった。
ど、どうしよう。
怖い…っ。
真っ暗な室内に一人きりなのが心細くてサイドボードの明かりを付けるがまだ室内は薄暗い。
またコンコンと音がした。
ひっと声にならない声を上げて音が聞こえないようにシーツをガバリと被って音が止むのをただ待とうとしたが扉の向こうから声が聞こえて身体が硬直する。
「律ちゃん…起きてる?」
ぼそりとドア越しに聞こえた声に我に返る。
三ツ矢?
なんだ…お化けじゃなかった。
それでもまだ声の主の姿を見るまでは安心できない。
震える手で鍵を開けて恐る恐る扉を開くと三ツ矢が立っていた。
姿を確認したら安心したのか汗ばんでいた身体から力が抜けた。
三ツ矢はちょっと身を屈めて周囲を気にしながら中に入ってくる。
「三ツ矢…びっくりさせるなよ、怖かった…」
「あーごめんね。確かに怖いよねこんな時間に来たら」
三ツ矢が苦笑いして頬を掻いている。
部屋に来たってことは何か用があるのかな。
「…なに?どうしたの?忘れ物でもあった?」
「んー…なんとなく。勘?」
「勘?」
勘ってなに?
何かあったのかな。
「なんかさ、ホットケーキ食べてる時元気ないように見えたから来てみた」
「来てみた…って…なんで」
「夜ってさー色々考えちゃうじゃん?誰かと一緒に居たら話したりできるし気が紛れるでしょ」
昼間見た時のあの微笑だ。
ふわっと笑った三ツ矢が首を傾げてこちらを見つめる。
一瞬面食らうが、言葉の意味を理解すると徐々に胸が温かくなっていく。
怖かった気持ちや、悲しかった気持ちがすうっと無くなって、不覚にも目頭が熱くなった。
「……三ツ矢って…」
「ん?なあに?」
「…クズなのか、いい奴なのかわかんないね…」
「ク、クズ…?酷くない?」
「っはは、うそ、ありがと…ちょっと眠れなかったんだ…」
寝れなかったのは本当だし、今誰かがいてくれて心強いのも本当だからお礼を言っておこう。
やっぱり不思議な奴だ。
ふざけたように見せて実は人の感情を読むのがうまいのかもしれない。
あんまり明るいと起きている事がバレるかもしれないのでベッドサイドの小さな明かりだけ付けてふたりでソファに座る。
「でもいいの?消灯時間過ぎてるよ。見つかったら内申点とかに響かない?」
昼間に言っていた成績上位キープの話を思い出す。
この学園を出るために特進で頑張っているんだよな。
「土日は割と緩いらしいから、だいじょーぶ。俺、この学校入れられるって決まってから遊ぶための抜け穴ないかとか、色々調べてきたからね」
本当にちゃっかりしている…。
三ツ矢ってそういうとこ抜け目なくうまくやるイメージがある。
確かに三ツ矢の言う通り土日はみんなゆったり過ごしている印象があったし休みはちゃんと休めるようになっているのかもしれない。
「俺さ…律ちゃんに改めてお礼言いたくて。理由聞かずに励ましてくれたの嬉しかったから」
「理由聞いてたらあんなことしなかったよ…」
「ははっ…まあ、そうだよねえ」
三ツ矢が苦笑いする。さすがに自分でもわかっているのか、理由が酷いって。
本当に、理由聞いてたらあそこまで一生懸命にならなかったよ。
いつも元気で明るい三ツ矢が落ち込んで覇気がなくしょぼくれてるところなんて初めて見たから動揺してしまったのだ。
「…三ツ矢には助けられた恩があるからね。そのお返しだよ」
俺は義理堅いからな。
あの時は本当にやばかったし、目の前が真っ暗になって倒れるなんて今まで経験したことなかった。
自分じゃどうにもできないまま倒れていく身体を思い出すときゅうっと身が竦む。
受け止めてくれたから今も身体に傷もないし痛い思いもしなかった。
だから助けてくれて本当に感謝しているのだ。
「え?俺が律ちゃんを助けた?」
「入学式の日だよ、ほら、保健室に運んでくれたでしょ?」
「え?あー…あれ…あれね…」
「な、なに…なんでそんなに歯切れ悪いの…?」
なんか嫌な予感がしてきた。
このパターン…。
困ったように頬を掻く三ツ矢が眉を八の字にしている。
「…実は俺なんもしてないんだよねえ…。俺はその場にいて声掛けただけで…。律ちゃんのこと運んでた奴は誰だったかまでは覚えてないけど…たぶん上級生だと思う、あ、あとでかかった!ひょいってお姫様だっこして連れてってたから」
ネクタイが緑だったから3年生かな。と一言。
そうか、学年でネクタイの色が違うんだった。
俺たち1年は赤、2年は青、3年は緑なんだよな。
ていうか。
違う、そこじゃなくて。
「は、…はあ!?…違うの!?おれ、ずっと三ツ矢は色々アレだけど困ってる人の事は助ける奴だと思って感謝してたのに…」
「やーなんかごめんね?」
苦笑いして謝られたがこっちはそれどころじゃない。
”んーうん?まあそんなとこかな?”
確かあの時お礼言ったら否定も肯定もしなかった。
助けたって言えば助けたか?みたいな意味だったのか…。
いいよーお互い様じゃんとか言ってた気がするけど、きっと三ツ矢のことだ適当に返事してたなきっと。
「ほんっとおまえ…………っふふ……あははっ…」
怒ろうとしたのに、言葉が途切れてそれ以上出なかった。
呆れを通して笑えてきてしまったせいだ。
「…今ここに俺の事を心配して来てくれたのは本当の事だから、もういいよ」
一通り笑い、落ち着いてきたので呼吸を整えていると、三ツ矢も釣られて照れたように微笑んだ。
夜の闇に、不安に、気持ちが捕らわれそうだったところを図らずも助けてもらったしこれでチャラってことにしておこう。
三ツ矢とは会った時からずっと振り回されている気がする。
新事実だ、俺の事を助けてくれたのは三ツ矢じゃなかった。
上級生…、3年生なんてほとんど面識がないから誰だかまったく見当もつかない。
一体誰だったんだろう。
てかサラッと言われたけど俺、お姫様抱っこされてたの…?
めちゃくちゃ恥ずかしい…。
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