【完結】いずれ忘れる恋をした

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【1章】選択肢ミス

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雨が振り続ける季節のある日のこと。
両親は2人で王都に買い出しに行っており、私は1人で店番をしていた。

だんだん強くなる雨の音に、今日はもうお客さんは来ないかなあ、と思いながら 読んでいる本のページを捲る。

(もう、閉めちゃおうかな)

そう思い、本を閉じた瞬間。店のベルがカランコロンと鳴る。
私は一瞬身体が強ばるのを感じるも、それを抑えて笑顔を浮かべる。私のトラウマなど関係ない。どんな時だって、お客さんは笑顔で迎えるべきなのだ。お客さんにそれを悟られるようでは店員失格だ。そう言い聞かせて、立ち上がった。

「いらっしゃいませ……って、やだっ、今 タオルお持ちしますね!」

入ってきたのはずぶ濡れの大柄な男性だった。歳は…40代前半というところだろうか。

私の意思など関係なく、心臓は嫌な音を立て続ける。笑顔、笑顔。

「おう、悪いな。急に雨強くなってきやがった。嬢ちゃん、ありがとな」

タオルを手渡すと、そう言ってニカッと笑う男性。雨も滴るなんとやら、とはまさにこのことだろう。
この街の警備隊に所属している兄も身体を鍛えているけれど、こんなに胸板は厚くないし、何より…そう、全体的に大きい。熊みたいな。いや見たことないけど。
悪い人ではなさそうだと感じ、私はやっと詰まっていた息を吐き、胸を撫で下ろす。

男性を見上げる。首の後ろは刈り上げていて、短くて硬そうな深い紅髪に同じ色の顎髭。細かい笑い皺の刻まれた目尻に少し垂れた目。その額縁の中にはくすんだ灰色の瞳が収まっていて、どことなく色気が漂っていた。

ぱちり。目が合って。

「あっ…の、そう!温かい飲み物、お持ちしますね!!」

危ない危ない。何が危ないかは分からないけど、この人は何だか危ない気がする。
…分かった、この色気が危ないんだ。さっきとはまた別の感じで心臓がドコドコ鳴っている。何、これ。

豪快に髪を拭く彼から飛んできた水しぶきにきゅっと目を瞑った後に慌てて飲み物を持ってくると告げると、私をその瞳に捉えた彼は何やら愉快そうに笑いながら 水が飛んだことを謝ってくる。そして、徐ろにポケットから1枚の紙を取り出した。

「トロン、ってこの店で合ってるか?」

服までずぶ濡れのはずなのに、ポケットから取り出したその紙は全く濡れていなくて、私は目を瞬かせた。

「え…ええ、はい。合ってると思いますけど…、どうして濡れてないんですか、その紙…!」

思わず口に出してしまった疑問。ガハハと笑った彼は この紙には破れない、劣化しない、更には防水の魔法をかけてあるのだと教えてくれた。

「…で、2年前に会った可愛い坊主からこの店の宣伝されてなァ。絶対行くって約束したもんだから、住んでる場所と仕事もあって 時間は経っちまったがこうして来たって訳だ。坊主はいるか?確か名前はマディだったと思うが…、……嬢ちゃん?」


ぺら、と彼が見せてくれた紙。
少しずつ書けるようになってきた拙い文字の羅列。文字を書くのが楽しくて、一生懸命 この店の名前と"きてね"の言葉を書いて 街の人達に配っていたあの紙。
それは、紛れもなく弟の書いたもので。

「っ…、……い…ちねんほど前…に、亡くなり、ました……、………すみません、ごめん…なさい…」

「……」




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