PetrichoR

鏡 みら

文字の大きさ
上 下
11 / 12

scene10 弥一

しおりを挟む
誠空との会話を終え、車に乗り込む頃
先程まで晴れ渡っていた空は
嘘のような曇天へと様変わりしていた
急いで車に戻り、教えられた住所をナビへ入力すると
すぐにエンジンをかけて走り出した
10分も走っていない内にぽつぽつと雨が降り始め
あっと言う間に勢いが強まっていく
忙しなく動くワイパーが脈打つ心臓とリンクしていた

誠空から教えられた話、今まで集めた情報、失踪した日に見たニュース
バラバラになっていたピースがひとつ
またひとつと土台にハマっていくのを感じていた

今は彼女が何も言わずに去った理由も何となく察しがつく
だけど少しだけ相談して欲しかったと思うのは独りよがりなのだろうか
俺には花木奏美として一緒に過ごした数年の事しか分からないし、鉢川美結としての彼女の人生は知らない
それでも、昔の記憶が一切ないと打ち明けられた
あの日からどんな過去を抱えていたとしても受け入れると決めていた
何より俺は誰でもない
彼女自身を好きになったのだから


行き着いたのは、車を30分ほど走らせた所にある閑静な住宅街の向かいに位置するマンションの一室だった
改めてメモを取り出し場所に間違いがないか確認してからエレベーターへと乗り込んだ

部屋の前に辿り着き、インターホンを鳴らす
むっとするほどの香りの中から顔を出したのは髪を派手な色に染めた若い女だった

「吉本弥一です」
「お待ちしてました~どうぞ~」

彼女が部屋に入るよう促したので
奥に向かって一礼し中へ入った

少し長めの廊下を歩き
突き当たりの扉の前で彼女は止まった
どうぞと言わんばかりに目線を寄越す

「じゃあここからは2人で。私はこれから仕事なので気にせずお話して下さい。出て行く時はこの鍵で閉めて郵便受けにでも入れておいて下さい」
「すみません。ありがとうございます」

彼女から鍵を受け取り玄関を出ていくのを見送った。
扉へと向き直る。この先に美結がいる
そう思うと、決意したはずの思いが急にぐらついてしまう
1度、2度、深呼吸をしてドアノブに手をかけ
ゆっくり、ゆっくりとドアを開ける


部屋の真ん中に座っていた彼女が振り返る
たった、数ヶ月会えなかっただけなのに
目が合った時、熱いものが込み上げて
気がつけば思わず駆け寄り抱き締めていた
元々スラリとしていた身体は更に骨張り
目の下に出来た隈や
泣き腫らしたであろう瞳が酷く痛々しかった
恐る、恐るといった様子で
肩に震える指が添えられる

「会いたかった……本当に。もう、会えないんじゃないかと……思った」

彼女の震えたままの指がぐっと身体を引き寄せる
零れ落ちてしまうものが哀哭にならないよう
必死に堪えているのかもしれない
でも肩に染みるなみだはきっと彼女の気持ちなのだと思う

どれだけの間、そうしていただろう
身体を離したのは俺の方からだった
彼女は色んな感情が入り交じった顔で向き合う

「......きっと、話さないといけないことが沢山あるな」
「そうですね」
「でも、今はまだこうしていたい」
「……ずっと騙しててごめんなさい」
「許す。とは言えない。簡単には」
「分かってます」
「起こしてしまった事は無くならないし、変えられない」
「......」
「でもそれは過去の事だ。だからこそ俺達は前を向いて未来について考えなければならない」
「弥一さん......」
「俺は君が好きだ。何があって受け入れる努力をするし、傍に居たいと思ってる」

美結の目から涙が溢れて頬を伝う
俺は優しく頭を撫でた

「一度、うちに帰ろう。考えるのは、それからでも遅くない」
「......はい」

彼女の冷たくなった手を取った
互いの視線が交差する
その瞳にはまだ迷いがあったが
確かに強さと決意も宿っていた

これからきっと
永い、永い、答え合わせが始まる
正解か不正解かなんて誰にも分からない
間違えて、やり直して。また、解いて
人生はその繰り返しだ
この先にある答えが僕達にとって
残酷な真実だとしても
正しくあり続ける為に向き合い続けようと思う
苦しくても辛くても、逃げてはならない
きっと、いつかまた笑って過ごせる日が来る
その日が来ると信じて
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】雨上がり、後悔を抱く

私雨
ライト文芸
 夏休みの最終週、海外から日本へ帰国した田仲雄己(たなか ゆうき)。彼は雨之島(あまのじま)という離島に住んでいる。  雄己を真っ先に出迎えてくれたのは彼の幼馴染、山口夏海(やまぐち なつみ)だった。彼女が確実におかしくなっていることに、誰も気づいていない。  雨之島では、とある迷信が昔から吹聴されている。それは、雨に濡れたら狂ってしまうということ。  『信じる』彼と『信じない』彼女――  果たして、誰が正しいのだろうか……?  これは、『しなかったこと』を後悔する人たちの切ない物語。

彩霞堂

綾瀬 りょう
ミステリー
無くした記憶がたどり着く喫茶店「彩霞堂」。 記憶を無くした一人の少女がたどりつき、店主との会話で消し去りたかった記憶を思い出す。 以前ネットにも出していたことがある作品です。 高校時代に描いて、とても思い入れがあります!! 少しでも楽しんでいただけたら幸いです。 三部作予定なので、そこまで書ききれるよう、頑張りたいです!!!!

探偵SS【ミステリーギャグ短編集】

原田一耕一
ミステリー
探偵、刑事、犯人たちを描くギャグサスペンスショート集 投稿漫画に「探偵まんが」も投稿中

怪奇事件捜査File1首なしライダー編(科学)

揚惇命
ミステリー
これは、主人公の出雲美和が怪奇課として、都市伝説を基に巻き起こる奇妙な事件に対処する物語である。怪奇課とは、昨今の奇妙な事件に対処するために警察組織が新しく設立した怪奇事件特別捜査課のこと。巻き起こる事件の数々、それらは、果たして、怪異の仕業か?それとも誰かの作為的なものなのか?捜査を元に解決していく物語。 File1首なしライダー編は完結しました。 ※アルファポリス様では、科学的解決を展開します。ホラー解決をお読みになりたい方はカクヨム様で展開するので、そちらも合わせてお読み頂けると幸いです。捜査編終了から1週間後に解決編を展開する予定です。 ※小説家になろう様・カクヨム様でも掲載しています。

向日葵のような君へ

Kaito
ミステリー
高校生活を送る達哉。父の交通事故から悪夢は始まった。 男女の恋愛ミステリー。

瞳に潜む村

山口テトラ
ミステリー
人口千五百人以下の三角村。 過去に様々な事故、事件が起きた村にはやはり何かしらの祟りという名の呪いは存在するのかも知れない。 この村で起きた奇妙な事件を記憶喪失の青年、桜は遭遇して自分の記憶と対峙するのだった。

アザー・ハーフ

新菜いに/丹㑚仁戻
ミステリー
『ファンタジー×サスペンス。信頼と裏切り、謎と異能――嘘を吐いているのは誰?』 ある年の冬、北海道沖に浮かぶ小さな離島が一晩で無人島と化した。 この出来事に関する情報は一切伏せられ、半年以上経っても何が起こったのか明かされていない――。 ごく普通の生活を送ってきた女性――小鳥遊蒼《たかなし あお》は、ある時この事件に興味を持つ。 事件を調べているうちに出会った庵朔《いおり さく》と名乗る島の生き残り。 この男、死にかけた蒼の傷をその場で治し、更には壁まで通り抜けてしまい全く得体が知れない。 それなのに命を助けてもらった見返りで、居候として蒼の家に住まわせることが決まってしまう。 蒼と朔、二人は協力して事件の真相を追い始める。 正気を失った男、赤い髪の美女、蒼に近寄る好青年――彼らの前に次々と現れるのは敵か味方か。 調査を進めるうちに二人の間には絆が芽生えるが、周りの嘘に翻弄された蒼は遂には朔にまで疑惑を抱き……。 誰が誰に嘘を吐いているのか――騙されているのが主人公だけとは限らない、ファンタジーサスペンス。 ※ミステリーにしていますがサスペンス色強めです。 ※作中に登場する地名には架空のものも含まれています。 ※痛グロい表現もあるので、苦手な方はお気をつけください。 本作はカクヨム・なろうにも掲載しています。(カクヨムのみ番外編含め全て公開) ©2019 新菜いに

「ここへおいで きみがまだ知らない秘密の話をしよう」

水ぎわ
ミステリー
王軍を率いる貴公子、イグネイは、ある修道院にやってきた。 目的は、反乱軍制圧と治安維持。 だが、イグネイにはどうしても手に入れたいものがあった。 たとえ『聖なる森』で出会った超絶美少女・小悪魔をだまくらかしてでも――。 イケメンで白昼堂々と厳格な老修道院長を脅し、泳げないくせに美少女小悪魔のために池に飛び込むヒネ曲がり騎士。 どうしても欲しい『母の秘密』を手に入れられるか??

処理中です...