The Dead Crisis‐デスゲームに巻き込まれたけど生き残る!

Bastion

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序章「運命の時」

プロローグ 「In The Black Sky」

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 先程まで続いていた意識が完全に途絶え、通信機器に反応が消える。
 体内に搭載された小型のソナー型探知レーダーが機能しなくなり、周囲の状況及び敵の数などが全くと言って良いぐらい分からなくなった。

 予想出来なかった出来事に、彼は思わず心臓の鼓動が素早くなり冷や汗が額から何粒も雨の雫の様にして流れていた。

 闇と霧に包まれた、絶えず漆黒に覆われ続けている閉ざされた世界。
 彼はすぐさま立ち上がり、横に立つ唯一の相棒とも呼べる存在と共に駆け出した。

 正に終わりの様な世界。救いも慈悲も存在しないかの様な目を覆いたくなる程の、おぞましい終局点の様な場所だった。


 しかしこれは小さな始まりに過ぎない。まだ何も終わっていない、これからがスタート。
 これはほんの序曲に過ぎなかった……。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 戦場と聞けば、何を思い浮かべる?

 戦闘機が空を駆けている?

 戦車が主砲から火を吹き、砲弾を放っている?

 そして数多の銃弾の数々が戦場を駆け抜けている?


 答えは非常に簡単な事だ。残酷極まりなく、正直な所話していられる余裕なんて存在しない。

 相当な強者でもない限りは、戦場に有り余る程の余裕なんて持ち込める訳がなかった。

 勿論、余裕など持てる訳もなくここで一人また一人と戦場を駆ける者達がいた。


「クソ、まだ援護は来ないのか!?」


 黒髪の青年はそう叫びながら、雑に作られた塹壕から顔を出しながら、両手に持ったアサルトライフルの引き金を引く。

 引き金を引く度に、轟音に近いぐらいの銃声が何度も何度も鳴り響き、銃口からは銃弾が放たれていく。


 射撃、装填、射撃、装填、射撃……。


 その繰り返しだ。何も難しい事ではない。要領を掴む事が出来れば猿でも出来る様な事だ。
 青年は援護が来ない事に思わず表情を歪め、歯噛みする。

 塹壕から下手に顔を出してしまえば、敵の狙撃か銃撃を受ける事になる。
 射撃を行えるのは、敵が弾を装填及びリロードしている時の僅かな隙に塹壕から顔を出して、敵が射撃を行う前に先に先手を打って敵を殺す。

 それぐらいしか、考えられなかった。
 自らが死なずに戦える最善の手を。


「椿!そっちは!?」


「射撃戦じゃ数的にこっちが不利だ!やっぱ、私らで近接戦に……」


「伏せろ、椿!グレネードだ!」


 唯一の相棒とも言える様な存在である「椿」の名を、彼は必死になって叫ぶ。
 戦火の中、砲弾と銃撃の音により自分達の声なんて掻き消されてしまってもおかしくはないのだが…。

 椿の相棒である「レイヤ」はその銃声に掻き消されない程の大きさの声で叫び、椿に呼び掛けた。


 そして次に、彼は椿に向けて手榴弾が投げ込まれたと叫ぶ。
 手榴弾の爆発なんて至近距離で受けてしまえば致命傷は確実だ。


「え、嘘だろ!?」


 椿が気が付いた時、敵側の誰かが投げたグレネードは椿の至近距離に落下していた。


「危ない!」


 ハッとした時には既に、レイヤはもう体が動いていた。
 咄嗟の出来事と、彼女を守りたいと言う一心が彼の全身を強く動かした。

 まるで獲物を見つけた獣の様にして、レイヤは椿の事を強く抱き締める。
 そしてそのまま、落下した手榴弾から出来るだけ離れる様にして、足を全力で動かした。

 スラスターを出来る限り引き上げ、力を入れる。

 椿を抱き締めたまま、レイヤは塹壕内を駆け何とか爆風から逃れる事に成功した。

 レイヤが全力で駆けた約数秒後、手榴弾はけたたましい音を立ててそのまま爆発した。
 結果として、二人は何とか手榴弾の爆発から逃れる事が出来た。


「すまんレイヤ。助かった!」


「礼は後にしろ、それより今は!」


 レイヤは、こちら側に投げられた手榴弾に強い怒りを覚えた。


 ただ黙って攻撃を受け続けるだけだと思っていたのか。
 負けじと、レイヤは自分の近くに転がっていた焼夷手榴弾を握り締めるとそのまま山なりに、焼夷手榴弾を投げ飛ばしたのだ。

 山なりの軌道で焼夷手榴弾は飛んでいき、遂には突撃を行う為に、無謀ながらも塹壕から飛び出した敵兵に上手い事、命中する。

 普通の爆発する手榴弾とは異なり、着弾地点周囲を炎で炎上させて埋め尽くす事が出来る代物の為、陣形を組んで尚且つ固まって突撃を行った敵兵は為す術なく、焼夷手榴弾の炎に呑まれていった。


「怪我は!?」


「平気、レイヤこそ大丈夫?」


「僕は平気だ………やはり援護は来ないか…」


 一度、攻撃を行う事を中止し、塹壕内に隠れながら戦局を見て、レイヤはそう判断する。
 顔には戦闘による汚れが生じ、着ていた戦闘服は徐々に痛み始めている。

 椿も着ている服は汚れが目立ち、破れてしまっている。心臓の鼓動も時を追う事に速くなり、吐く息も荒くなっていった。


「マズイね…レイヤ。向こう、無人兵器までぶっ込んできたよ…」


「何だって!?」


 思わず、情けない様な声が飛び出し椿の美しい横顔をレイヤは見つめる。
 最初に横顔を見つめていたレイヤであったが、すぐに椿と同じ方向を彼は向いた。


「ま、マズイ!」


 塹壕の中から僅かに顔を出した彼の視線の先に映るのは、自分達にとっては絶望そのものと言っても差し違えない光景であった。


 そこには、無機質なデザイン、夜の戦場の中で不気味に光る赤色のカメラアイ、角張ったフォルムが特徴の体。自分達の何倍もの大きさを誇る全長。
 そして右手にはライフルを、左手にはシールドが握られていた。


 無人兵器、言ってしまえば人型のロボットだ。
 名前は傭兵仲間の誰も知らない。

 他の傭兵の皆は、名称を一切知らないが為に無人兵器だのロボットだの好きな様に呼んでいる。


 しかし、今は呼び名の事など気にしている暇はなかった。
 無人兵器のロボット群は、地にその両足を付けるなり胸部に搭載された投光器を起動し、敵の生き残りがいないかどうかを探索している。

 そして一歩、また一歩と無人兵器群はレイヤ達が隠れる塹壕の方へと少しづつ近付いてくる。
 奴らの足音がまるで死への足音、無惨な死へのカウントダウンの様に聞こえてくる。

 レイヤは奴らに抵抗する案を考えるより先に、自決の道を選ぼうとしていた。

 第一、今から離脱した所で無人兵器群のセンサーを潜り抜けるのは正直な話、無理難題だ。

 それに自分達の体の疲労も考えれば尚更だった。


「あ~椿…ここが終着点だったのかもしれないな…」


 レイヤは諦め気味に呟く。両手に握っていたアサルトライフルを地面の土に放り捨て、何処か優しげな口調で語り掛ける。


「そう、かもな…。私ら、だいぶ傭兵として活躍したんじゃないかな?」


「まぁ、9歳からこの19歳になるまで…よくやったよ…」


「最後に何かするか?……って言っても何も出来んか?今セックスする元気も残ってねぇだろ?」


 その茶を濁す様な冗談交じりな言葉に、レイヤは塹壕内の土の壁に座りながらもたれ、軽く笑みを見せる。


「せめてキスか、お前のデカイ胸を飽きるぐらいにまで揉んでおきたいが……」


「本音は?」


「……ふっ、お前と一発ヤりたい…」


 しかし、それも叶わぬ願いだろうとレイヤは感じた。活動する為の体のエネルギーは徐々に減っていき、今となっては度重なる戦いの連続で思う様に立ち上がる事も出来そうになかった。

 だが叶わないと知っておきながらも彼はそう面白気に呟いた。

 叶わなくとも、伝えられただけでも良いのかもしれないと…。


「結局、使い捨ての傭兵って事さ。でも…やっぱ子供、欲しかったなぁ…」


「じゃあ何で避妊薬なんて飲んでたんだよ…」


 彼らは少しばかり不潔ではあるが、最後の時を楽しんでいた。
 一歩一歩と、死の時が迫って来ているにも関わらずレイヤと椿は小さな談笑を楽しんでいた。

 椿は、もう疲れ果てて座り込み、動けなくなり始めているレイヤの傍に寄り添い、彼の隣に座った。


「一応捕虜になって、生き延びると言う選択もあるんだぞ?」


「そんなの死んでも嫌だね。捕虜になってお前以外の奴に犯されるぐらいならお前と死んだ方がマシさ…」


 そう言って、椿はニヤリといつも通りの少し意地悪気な笑みをレイヤに見せた。


「椿……」


 自分の隣に座る椿に、レイヤは強い喜びと友情を感じていた。
 十年にも及ぶ付き合いの中で二人には明らかに友情を超えた関係にあった。

  肉体関係、最早愛人と呼べる様な仲にまでなっていた二人は死ぬ時も必ず一緒だろうと思っていた。


「レイヤ…」


 レイヤの隣に座っていた椿はその綺麗な右手で彼の手を優しく握り、肩を寄せて肉体を密着させる。

 互いの体を密着させる事で、それぞれの肉体の熱を感じ、僅かながらも温まっていく体に二人は温もりを覚える。

 椿の銀色のやや短めの髪がレイヤに当たり、大きな胸の暖かく、そして心地良い感触もレイヤは感じていた。


「…キスしてくれるか?」


「あぁ、勿論…」


 椿のピンク色の美しい唇が、徐々に自分の唇に近付いて来る。
 優しく、フワフワとした柔らかい感触の唇が。


(これで、心残りは…)


 何も無いと心から言おうとした時だった。

 突然足元に純白に光り輝く円環と幾何学きかがく的模様が突如として現れたからだ。
 謎の模様が、この暗い夜空の下の地面に発生した時、レイヤ達は大きな驚きに包まれる。

 しかし、気が付いた時にはもう遅かった。その謎めいた模様と、まるで魔法陣を彷彿と指せる謎の証。

 そして周囲を包んだ謎の白く、そして眩しい光。魔法陣の輝きが爆発したようにカッと光ったのは同時のタイミングだった。

 気が付けば、そこには二人の姿はもうなかった。
 あるのは塹壕内部に残された、破壊された武器や道具。そして呆気なく死して、そのまま倒れた雑兵の山だけであった。

 無論、レイヤと椿の姿など何処にも。影も形も無くなっていた…。
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