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命日

第6話

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 自分がナイフに刺されたことを認識したのは、それからすぐのことだ。

 すぐと言っても、俺にはそれが、何秒も、何分も先に起こった出来事にも感じられた。


 …ああ、死ぬんだ…


 って、思った。

 きっとその感覚は、自分自身が予期していないところからやってきた。

 感情はなかった。

 やばいとか、痛いとか、目の前の出来事に対する焦りは、不思議となかった。

 男の肩を掴んだところまではあった。

 焦りっていうか、“なんとかしなきゃ”、っていうか。


 それがどういう感情だったのかは、自分でもよくわからない。

 少なくとも、焦ってたのは間違いなかった。

 掴みどころのない不安だけがそこにあった。

 胸の奥が、ぎゅっと押さえつけられるような感じだった。

 髪の毛をぐいっと引っ張られるみたいな?

 それでいて…


 胸にナイフが突き刺さってる。


 息ができなくなった。

 胸に突き立てられたそれを見た時、言いようもない悪寒が、背筋を襲った。

 起こってることを理解するのに、時間は必要なかった。

 …いや、多分、何秒かは経っていた。

 目まぐるしいほどの慌ただしさが、意識の隙間を縫うように襲ってきていた。
 
 わけがわからなかった。

 反面、“何が起こってるのか”は、すぐに認識できた。

 ただそれに対する「言葉」は、すぐには見つからなかった。

 言葉も、それに対する印象でさえも。



 透けていくような時間があって、足元から、何かが逃げ出していく感覚があって…



 声を発することもできなかった。

 気がついたら、天井を向いてた。

 世界が“下から”這い上がってきていた。

 グァーッと視界が歪んで、バチバチッと何かが弾けた。

 だんだんと苦しくなる自分がいた。

 目の奥が熱い。

 思うように力が入らない。


 (…嘘だろ?)


 必死にナイフの柄を持った。

 ほとんど無意識だった。

 無意識のうちに、刺さったナイフの場所を見ていた。

 Tシャツが赤く染まっていく。

 全身から、汗が引いていく。


 (…俺は、このまま…)


 どんな状況に陥ってるかを、自分なりに解釈しようとしてた。

 どうすることもできないのはわかってた。

 だって、“刺さって”たんだ。

 信じたくはなかった。

 夢なんじゃないか?とさえ思えた。

 沸騰する感情がそばにあった。

 どうにかしなきゃいけないとは思ってた。


 『死』


 ありありと浮かんだその文字が、確かな「予感」となって現れた。

 
 …ただ、だとしても



 ふと、視界に人影が入ったんだ。

 天井から落ちてくる蛍光灯の光に、ちょうどそれは重なった。


 「サトシ…くん…?」


 だれかが俺を呼んでる。

 …誰だ?

 高くて、聞き覚えのある声で。

 優しく撫でるようなその音が、頭の中に響いていた。

 はっきりしてるわけじゃなかった。

 意識は朦朧としてた。

 息の仕方もわからなくなるほど、何が何だかって感じだった。

 ぼやける視点の先に、とろけるような甘い香りが掠めた。


 この匂い、——どこかで



 俺は、目を疑った。

 消えそうになる意識の片隅で、あり得ない光景が、視界の中に入ってくる。


 赤く染まっていくシャツと、遠ざかっていく景色と。



 …天ヶ瀬?



 それからすぐのことだった。

 鈍い音がしたと同時に、意識が途切れたのは。


 
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