1 / 2
ある日の論文
しおりを挟む2008-02-28 21:22:07
物理系の情報量、あるいは系を完全に記述するのに必要な情報量は、空間の大きさやエネルギーが有限であれば、有限でなければいけないことを意味している。
計算機科学では、このことは有限の大きさとエネルギーを持つ物理系に対して最大の情報量プロセス率(ブレマーマンの境界)が存在し、有限の物理的次元で無限のメモリを持つチューリングマシンは、物理的に不可能であることを意味している。
桐崎雄一朗は、独自に開発した量子コンピュータを通じて、
“世界の運命を壊す”ことを、目標にしていた。
ブラックホールの中心にそびえ立つ情報量の限界。
そして、シュワルツシルト半径。
事象の地平面の外側にある「時間」の先端に立ち、世界に1つしか無いサイコロの目を変える。
それこそが、彼の真の目的であり、人類の「希望」であると、考えていた。
アインシュタインは、「宇宙の全ての原子の運動および位置が分かる」可能性を模索し、ハイゼンベルクの不確定性原理によって導かれる量子力学は、″不完全な理論″であると批判した。
彼は決定論的立場(あらゆる出来事は、その出来事に先行する出来事のみによって決定している、とする立場)を守り、「神はサイコロを振らない」と言ったが、雄一朗氏はそれを肯定していた。
しかしそれには、問題点が“2つ”あった。
1つは、世界には、逃れられないエントロピーの“壁”があるということ。
もう1つは、世界が明日晴れるかどうかが、まだ決まっていないということだった。
この2つの問題点は、互いに反発し合っているように見えた。
なぜなら、「エントロピーの壁」によって決して縮まることがないアルゴリズムの上界があるというのに、空を見上げれば、全く予測不可能な雲の振る舞いが存在する。
神はサイコロは振らない。
しかし、サイコロの目が決まる時、私たちは永遠に、「現在」の外側には出られない。
そうしてその目の“数”によって、私たちの「時間」は周期的な確率の内側に、収束し、終わることがないループを繰り返す。
そのことが、長年に渡って彼の頭を悩ませることになった。
『クロノクロスネットワーク』は、その“ループ”を打ち破るための手段になり得る可能性があると、期待されていた。
ペンローズが唱えた「宇宙検閲官」を倒す、唯一の“剣”になるかもしれない、——と。
量子コンピュータを通じてネットワークに接続されたセカンドキッドたちは、
世界のエントロピーの上界を打ち破るために、自らの脳とそのシグナル・パターンを量子化し、4次元ネットワークに於いて「時間」と相関関係にある情報量プロセス率の限界を目指した。
彼が所属していた政治的な国際組織、ITNは、セカンドキッドを通じて、人工的な物理量(人工時間)をネットワーク上に接合し、「永遠の命」の地平面を人間の脳の中に組み込もうと考えていた。
人類の命のデジタル的な資本化、デジタル・フロンティアの構築を。
『大坂楓』は、こうしたITN側の活動のために、保護プログラムに強制的に登録された“ただのセカンド・キッドの1人”であると思われていた。
しかし、彼女はクロノクロスのデバイス上に登録されていたにも関わらず、その脳へのアクセス制限が設定され、端末と端末を繋ぐ個人インターフェース内への侵入を、高度な暗号化により妨がれていた。
ITNが、彼女の中にある情報の共有を、プログラム内に接続することは現時点不可能であり、ITNの最高責任者でもあった雄一朗氏でさえ、彼女の脳の中に組み込まれたセキュリティに侵入することは、大変困難であると判断した。
恐らく、ITNが彼女の重要性に気づく前の世界線に於いて、「ITNの関係者の誰か」が彼女の脳の中にアクセスし、セキュリティを設定したのではないかと予想されたが、それは、現時点で、仮説の域を出ない。
真相が掴めないまま、彼女へのアクセス権を得られないという問題の解決を、先延ばしにするしかなかった。
ただ、1つ分かっていることは、クロノクロスネットワークが、始めてそのシステムの運用を正式に開始した2063年。
量子時間とそのゲート上に於いて、桐崎雄一朗の脳を回線とし、情報の送信を完了した、
『第一次タイム・クラッシュ爆心地』。
1995年 1月17日 5時41分22秒 兵庫県神戸市中央区港島1丁目3-11
の″第二の世界線(セカンド・パターン初期)″の時間軸に於いて、大坂楓は、何者かの手によってアクセス制限を設けられた。
彼女という「存在」が誕生した最初の世界線に、すでに、彼女はクロノクロスのデバイス上に、セキュリティ付きで登録されていたのだ。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
龍神と私
龍神369
SF
この物語は
蚕の幼虫が繭を作り龍神へ変わっていく工程に置き換え続いていきます。
蚕の一生と少女と龍神の出会い。
その後
少女に様々な超能力やテレポーテーションが現れてきます。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
SAINT ESCAPEー聖女逃避行ー
sori
SF
クルマを宙に放り投げたシルクハットの男。 カリスマ占い師の娘、高校生の明日香。 明日香を守る同級生。明日香を狙う転校生。追いかける黒い影…個性的なキャラクターが繰り広げる逃走劇。 一方で定年間近の刑事、納谷は時効を迎える事件のカギを見つける。 ふたつの事件が結びつく時、悲しい事実が明けらかになる。
CoSMoS ∞ MaCHiNa ≠ ReBiRTH
L0K1
SF
機械仕掛けの宇宙は僕らの夢を見る――
西暦2000年――
Y2K問題が原因となり、そこから引き起こされたとされる遺伝子突然変異によって、異能超人が次々と誕生する。
その中で、元日を起点とし世界がタイムループしていることに気付いた一部の能力者たち。
その原因を探り、ループの阻止を試みる主人公一行。
幾度となく同じ時間を繰り返すたびに、一部の人間にだけ『メメント・デブリ』という記憶のゴミが蓄積されるようになっていき、その記憶のゴミを頼りに、彼らはループする世界を少しずつ変えていった……。
そうして、訪れた最終ループ。果たして、彼らの運命はいかに?
何不自由のない生活を送る高校生『鳳城 さとり』、幼馴染で彼が恋心を抱いている『卯月 愛唯』、もう一人の幼馴染で頼りになる親友の『黒金 銀太』、そして、謎の少女『海風 愛唯』。
オカルト好きな理系女子『水戸 雪音』や、まだ幼さが残るエキゾチック少女『天野 神子』とともに、世界の謎を解き明かしていく。
いずれ、『鳳城 さとり』は、謎の存在である『世界の理』と、謎の人物『鳴神』によって、自らに課せられた残酷な宿命を知ることになるだろう――
深淵の星々
Semper Supra
SF
物語「深淵の星々」は、ケイロン-7という惑星を舞台にしたSFホラーの大作です。物語は2998年、銀河系全体に広がる人類文明が、ケイロン-7で謎の異常現象に遭遇するところから始まります。科学者リサ・グレイソンと異星生物学者ジョナサン・クインが、この異常現象の謎を解明しようとする中で、影のような未知の脅威に直面します。
物語は、リサとジョナサンが影の源を探し出し、それを消し去るために命を懸けた戦いを描きます。彼らの犠牲によって影の脅威は消滅しますが、物語はそれで終わりません。ケイロン-7に潜む真の謎が明らかになり、この惑星自体が知的存在であることが示唆されます。
ケイロン-7の守護者たちが姿を現し、彼らが人類との共存を求めて接触を試みる中で、エミリー・カーペンター博士がその対話に挑みます。エミリーは、守護者たちが脅威ではなく、共に生きるための調和を求めていることを知り、人類がこの惑星で新たな未来を築くための道を模索することを決意します。
物語は、恐怖と希望、未知の存在との共存というテーマを描きながら、登場人物たちが絶望を乗り越え、未知の未来に向かって歩む姿を追います。エミリーたちは、ケイロン-7の守護者たちとの共存のために調和を探り、新たな挑戦と希望に満ちた未来を築こうとするところで物語は展開していきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる