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100億光年の時の彼方で
第345話
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夢を見た。
それは遠い“夢”だ。
頭の奥に迸る電流。
掬い上げられるような風の圧力。
地面はすでにそこになかった。
上か下かもわからない。
沈んでいるのか、浮いているのかさえもわからない。
そんな気配の上澄みに、通り過ぎていく“景色”があった。
引っ張られていくような。
——ギュッと、押しつぶされていくかのような。
…なんだ、この感覚。
果てしない泥濘の淵から、浮かび上がってくる光があった。
空気は極限まで澄んでいて、きらきら揺れる氷の粒が、あちこちに散らばっている。
音はなかった。
いや、耳の奥には、“世界“が動く音が聞こえた。
それは限りなく高音で、まるで超音波のように、奇妙な音程を含んでいた。
キーーーーーー…ン
外界から鼓膜にかかる気圧が変化し、鼓膜の奥にある鼓室が、押し上げられる。
トンネルに入った時の耳の詰まり。
あの感覚が、そばにあった。
途端に、ザァァァァァと風が流れていく音が聞こえた。
その音が耳のそばを通過するや否や、目の前に覆っていた空間の歪みが、糸をほどいたように緩んでいく。
直進する光。
回転する時間。
少しずつ膨らんでいく光の方向に目を向けると、雲に覆われている地平線が、ドッと姿を表した。
………………………空?
それが一体”何“であるかを、すぐには認識できなかった。
ボゥッとかすかに浮かび上がってくる輪郭は、どこまで広がっているのかもわからないほど、ぼやけていた。
龍が空から飛び降りた時のような激しい空気の流れが、頭上から襲いかかってくる。
それと同時に、身動きが取れない体が、風の抵抗の下でぐんぐん沈んでいった。
雲の“上”に向かって。
——光の方向、体が沈んでいくその方向の視界に広がっているものが「空」だと認識したのは、そこに雲があったからだ。
白い海のように広がったその地平線上の景色は、確かに自分の“下”にあった。
風の抵抗を受けながら、瞼を持ち上げた。
はっきりと、その表層に広がる景色を、視界の奥に捉えた。
——雲
それから、地面。
ぶくぶくと太った入道雲の真下には、かすかに見える地上が広がっていた。
…でも、なんで?
なんで、あんなにも遠く…?
そこに「空」はなかった。
正確には、空と地上とを隔てる境界が、どこにも見当たらなかった。
——代わりに、頭上には、見たこともないほどの濃い“黒”が、延々と広がっていた。
世界を切り離したような、見渡す限りの暗闇が。
視線を傾ける。
瞬きをする。
瞼を閉じるその間際、暗闇の向こうには、無数の「粒子」が見えた。
その粒子たちは時間の経過とともに光を帯び、次第にはっきりとした質感を帯び始めた。
無限かと思われるほどのおびただしい数。
絵の具を垂らしたように、鮮やかな色合い。
そうだ。
この景色、どこかで見たことがある。
千冬が好きだった景色。
天体望遠鏡のレンズの向こうで、——確か。
星空。
それが、頭上に横たわっていた。
…でも、なんで?
数え切れないほどの星が、靄のように広がっていた。
巨大な銀河が、空間の彼方で膨らんでいた。
それはまるで世界に穴を空けたように、果てしない放物線を紡いでいた。
溢れる褐色。
すぐにでも溶けていきそうな、弾力。
そこに広がっている光は、幾重にも重ねた青のように、深い静けさを伴っていた。
弾けていく宇宙の表面とその光沢が、垂直に重力を捉えている。
爆発してたんだ。
そこに横たわっている全ての“時間”が。
至近距離に迫ってくる巨大な滑(ぬめ)り。
突き抜けそうなほどの頭上の高さ。
真っ逆さまに落ちてきたのは、空間の全てを閉じ込めたような“厚さ”だった。
静止しようとする力と、今にも動き出しそうな軽さ。
それらがない混ぜになりながら、一直線に落ちてくる。
体は下へ下へと沈んでいった。
なすすべもなかった。
空。
その中心線と、回転する地上。
雲が、海のように広がっている。
その“表層”へと、猛スピードで近づき。
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