雨上がりに僕らは駆けていく Part2

平木明日香

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100億光年の時の彼方で

第345話

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 ◇◇◇


 夢を見た。

 それは遠い“夢”だ。

 頭の奥に迸る電流。

 掬い上げられるような風の圧力。


 地面はすでにそこになかった。

 上か下かもわからない。

 沈んでいるのか、浮いているのかさえもわからない。

 そんな気配の上澄みに、通り過ぎていく“景色”があった。

 引っ張られていくような。

 ——ギュッと、押しつぶされていくかのような。


 …なんだ、この感覚。


 果てしない泥濘の淵から、浮かび上がってくる光があった。

 空気は極限まで澄んでいて、きらきら揺れる氷の粒が、あちこちに散らばっている。

 音はなかった。

 いや、耳の奥には、“世界“が動く音が聞こえた。

 それは限りなく高音で、まるで超音波のように、奇妙な音程を含んでいた。


 キーーーーーー…ン


 外界から鼓膜にかかる気圧が変化し、鼓膜の奥にある鼓室が、押し上げられる。

 トンネルに入った時の耳の詰まり。

 あの感覚が、そばにあった。

 途端に、ザァァァァァと風が流れていく音が聞こえた。

 その音が耳のそばを通過するや否や、目の前に覆っていた空間の歪みが、糸をほどいたように緩んでいく。


 直進する光。

 回転する時間。
 

 少しずつ膨らんでいく光の方向に目を向けると、雲に覆われている地平線が、ドッと姿を表した。



 ………………………空?



 それが一体”何“であるかを、すぐには認識できなかった。

 ボゥッとかすかに浮かび上がってくる輪郭は、どこまで広がっているのかもわからないほど、ぼやけていた。

 龍が空から飛び降りた時のような激しい空気の流れが、頭上から襲いかかってくる。

 それと同時に、身動きが取れない体が、風の抵抗の下でぐんぐん沈んでいった。

 雲の“上”に向かって。


 ——光の方向、体が沈んでいくその方向の視界に広がっているものが「空」だと認識したのは、そこに雲があったからだ。

 白い海のように広がったその地平線上の景色は、確かに自分の“下”にあった。

 風の抵抗を受けながら、瞼を持ち上げた。

 はっきりと、その表層に広がる景色を、視界の奥に捉えた。



 ——雲

 それから、地面。


 ぶくぶくと太った入道雲の真下には、かすかに見える地上が広がっていた。



 …でも、なんで?


 なんで、あんなにも遠く…?


 そこに「空」はなかった。


 正確には、空と地上とを隔てる境界が、どこにも見当たらなかった。
 
 ——代わりに、頭上には、見たこともないほどの濃い“黒”が、延々と広がっていた。

 世界を切り離したような、見渡す限りの暗闇が。

 

 視線を傾ける。

 瞬きをする。

 瞼を閉じるその間際、暗闇の向こうには、無数の「粒子」が見えた。

 その粒子たちは時間の経過とともに光を帯び、次第にはっきりとした質感を帯び始めた。

 無限かと思われるほどのおびただしい数。

 絵の具を垂らしたように、鮮やかな色合い。


 そうだ。


 この景色、どこかで見たことがある。

 千冬が好きだった景色。

 天体望遠鏡のレンズの向こうで、——確か。


 星空。

 それが、頭上に横たわっていた。


 …でも、なんで?


 数え切れないほどの星が、靄のように広がっていた。

 巨大な銀河が、空間の彼方で膨らんでいた。

 それはまるで世界に穴を空けたように、果てしない放物線を紡いでいた。

 溢れる褐色。

 すぐにでも溶けていきそうな、弾力。

 そこに広がっている光は、幾重にも重ねた青のように、深い静けさを伴っていた。

 弾けていく宇宙の表面とその光沢が、垂直に重力を捉えている。

 爆発してたんだ。

 そこに横たわっている全ての“時間”が。

 至近距離に迫ってくる巨大な滑(ぬめ)り。

 突き抜けそうなほどの頭上の高さ。

 真っ逆さまに落ちてきたのは、空間の全てを閉じ込めたような“厚さ”だった。

 静止しようとする力と、今にも動き出しそうな軽さ。

 それらがない混ぜになりながら、一直線に落ちてくる。

 体は下へ下へと沈んでいった。

 なすすべもなかった。



 空。



 その中心線と、回転する地上。



 雲が、海のように広がっている。



 その“表層”へと、猛スピードで近づき。
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