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夏の花火
第313話
しおりを挟む「もう一度戻ってみんか?」
「…は?」
「もう一度、あの世界に行く。その覚悟はある?」
……
………
…………は?
……………もう一度?
一瞬、耳を疑った。
「戻る」…って、どこに?
「キーちゃんのおる世界」
「…ほんまに言うとんか、それ」
「冗談言っとるように見える?」
「…いや、でも…」
戻るって言ったって、そんな簡単に戻れるもんなのか…?
仮にそうだとしても、さっきお前は…
「なんや?」
「こことは「別の世界」って、言うてなかったか?」
「そうやで?」
「そうやで」じゃなくて、戻ったって千冬が助かるわけじゃないんだろ?
あくまで別の世界のことだから、——そう言ってたよな?
「そうやが、そんな単純な問題ちゃうねん」
「どういう問題?」
「数学的な問題」
「数学ぅ!?」
言うにことかいて数学とか
完全に哲学だろ
哲学でもないか…
かといって、社会でも理科でもない
うーん…
「質問する」
「はい」
「9回裏ツーアウト、あんたの投げる球は?」
「ストレート…」
「なんで?」
「なんとなく」
「どこに投げるん」
「アウトローいっぱい」
「真ん中ちゃうんかい」
真ん中のストレートなんて、打ってくださいって言ってるようなもんじゃん。
せめてコースギリギリを狙わないと。
何番バッターか知らんけど。
「投げ直すことができんとしてもか?」
「だからこそやろ。打たれたらどうするん」
「期待した私がバカやったわ」
弱腰になるなと、彼女は言う。
そんなつもりはない。
打たれないコースを攻めようとしてるだけで…
「世界は変えることはできん。けど、世界を“変えよう”とすることはできる。そのために必要なもんはなんやと思う?」
「必要なもの…?えっと、勇気と希望…的な?」
「まあまあやな」
「そうなん?」
「でももっと簡単なことがあるやろ」
「もっと…?」
「“振り返らない”ってことや」
“振り返らない”
力強くそう言って、握った拳をポンっと胸にぶつけてくる。
過ぎ去った時間は、もう取り戻せない。
だけどこれから生まれる「時間」は、まだ、あんたの足元にある。
——そう、言って。
「それで、ど真ん中に?」
「ちまちまコースついてもしょうがないやん」
「セオリーって知ってる?」
「知ってます」
「ど真ん中に投げる時があってもええが、基本はアウトローかインコースやろ」
「誰が決めたん?」
「過去のデータに基づいております」
「そうですか」
なんか文句あんのか?
一応キャッチャーやってたんでね。
打たれないための勉強をしてるんですよ。
ええ。
「一番すごいバッターに、自分の一番すごい球を投げる。その発想はないんか?」
「その発想やん」
「コース突こうとしとるのに?」
「それのどこが悪いねん」
「相手が一番打てるポイントで、打てない球を投げる。それが“ピッチャー”ってもんやろ」
「それはバカのすることや」
ど真ん中で勝負できるほど、野球の世界は狭くない。
それはピッチャーやってて思うよ。
とくに、最近は。
「まあええわ。とにかく、振り返らずに前に進む。メモっとき?」
「メモったあとは?」
「キーちゃんを助けにいく」
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