雨上がりに僕らは駆けていく Part2

平木明日香

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夏の花火

第299話

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 「時間には境界が無い。過去も未来も、同じ場所に存在しとる」

 「過去は過去で、未来は未来やろ」

 「そう思うやろ?常識ではな」

 「違うって言うんか?」

 「あんたが今言った1秒後の世界も、まだ訪れてない1秒前の世界も、本質的には同じ「距離」にある。時間は前にしか進まんが、かといって、“進んだ分だけ進めなくなる”わけやない」


 …進んだ分だけ、進めなくなる…?


 「ええか?こっからは重要なことや。耳かっぽじって聞いとき?」


 女はそう言うと、ボールをポケットから取り出した。

 千冬の病室になった軟式ボールだ。


 「おまッ…!持ってきたんか!?」

 「まあまあ。あそこにあって誰かに捨てられても困るやろ?」

 「そう言う問題やないやろ」

 「キーちゃんは夢を見とるって言うたよな?今も、夢の中におるって」


 言ってたが…

 それが?


 「コインには表と裏がある。どっちになるかは、2つに1つや。けどな、その2つに1つの確率が、時間の変化によって無限に動き続けるわけやない。サイコロを転がせば、必ず1つの目が出る。つまりある時点で、過去と未来が分岐するたった1つの点が存在するっていうことになる。コインの表か裏が決まるように」

 「…で?」

 「連続して同じ目が出る確率はどれくらいやと思う?」

 「サイコロがってこと?」

 「そう」

 「…えーっと、うーん…、6分の1?」

 「そうやな。サイコロを n 個振ったとき、ゾロ目になる確率(n 個とも同じ数字になる確率)は 16n-1になる。サイコロを転がせば転がすほど、同じ目が出る確率は低くなっていく。ほんなら、サイコロを無限に転がした時、連続して同じ目が出なくなる回数は、いくつ?」

 「連続して…。それって、1になり続けるみたいなこと?」

 「そうや」

 「うーん…、何百回か続けて出たあと…とか?」

 「ブブー。かなり確率は低くなるが、永遠に1になり続ける確率は、0%にはならん」

 「…ほう」

 「0にならんってことは、理論的には、2つの世界において同じことが起こる確率は、常に0にはならん。この意味、わかるか?」

 「…いいや」

 「簡単に言えば、ある一定時間内に於いて、サイコロの目が1にならない確率は0個や。裏を返せば、ある時点において決まった数字が、“同じ回数だけ出せない”っていうことにはならん。つまり、時間と時間の境界線に於いて、過去と未来は常にサイコロを振り直せる状況にある」

 「振り直せる…?」

 「野球は1つのタイミングしか存在せんやろ?ピッチャーが色んな球種を持ってても、投げれるのは常に1球だけや。その1球に向かって、バッターはタイミングを取る。想像してみ?ピッチャーが振りかぶって、あんたはバットを構える。指先から放たれたボールが、突然消えることは?」

 「無い」

 「そうや。過去と未来が時間の中に存在しとると仮定すれば、ボールの軌跡は常に変わることがない。けど、ピッチャーがもう一度同じタイミングで投げれると仮定した場合、ボールは変幻自在に動くことができる。ちょうど、マウンドに立つピッチャーが、投げ始める前みたいに」


 …何が言いたいんだ?

 ボールは突然消えたりなんかしない。

 そりゃとんでもない変化量のスライダーとか、ストンと落ちるフォークとかが向かってくれば、消えたように見えることはあるだろう。

 だけど漫画の世界みたいに、ボールが本当に消えるなんてことはあり得ない。

 大体、「ピッチャーが同じタイミングで投げれる」って?

 言い回しがややこしすぎて理解に苦しむ。

 女の方は、そんなつもりじゃないみたいだが。
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