295 / 394
丘の坂道
第293話
しおりを挟む全くイメージができない。
別の世界
別の人生…
そのことを頭の中で考えることはできても、つい、疑問に思ってしまう。
“別”って言ったって同じ人間なんだ。
鏡の向こうにいる俺は、紛れもなく「俺」だった。
だから余計に、訳がわからなくなる。
見た目も名前も、全部同じだった。
それなのに、何がどう“別”なんだ?
女は言ってた。
千冬は一人しかいない。
別の世界とは、“関わりを持てない”って。
それがイマイチわからない。
過去を変えられないのはわかる。
だけど、あの日の事故がなかった世界が、確かにあった。
隣に千冬がいた。
それは確かに「現実」なんだろ?
それが現実なら、じゃあここは?
現実が“2つ”あるっていうのか?
それとも、どっちかが嘘だっていうのか?
…わかんないんだ
どう考えればいいのか…
「どっちも現実で、どっちも同じ「世界」や」
「それが意味わからんのやって」
「ただお互いに干渉できないだけや。コインの裏と表のように」
「裏と表…」
「起こったことはもう変えられん。それはあんたの言う通りや。でも、やからこそキーちゃんはここにしかおらん。どこを探しても、ここにしか」
「…でも、千冬はおったんや。確かに、目の前に…」
「そうやな」
「それがよぉわからんのや。別の世界の千冬。…アイツがどこにおったんかは知らんが、確かに存在しとった。そうやろ?」
「うん」
「千冬は今も夢を見とるって言うたな?「時間」は全部繋がっとるって…。繋がっとるっていうことは、この世界とさっきの世界は同じところにあるんちゃうんか?」
「せやから…」
「俺が別の世界に行けたように、千冬も連れて行けれんのんか?ここじゃない世界に」
もしも、別の世界の俺が「俺」じゃないなら、千冬も、また…
でも、そんなこと考えたくもなかった。
夢なんかじゃない、確かな感触。
アイツの球を受けて思ったんだ。
豪快なあのフォーム。
蹴り上げた砂。
千冬で間違いない。
あの頃と何も変わってない。
ずっと受けてきたからこそわかるんだ。
受けた手が痺れるくらいに、ハッキリと。
「仮に連れて行けても、あんたに会うことはできん」
「そんなんどうでもええねん。千冬が助かるなら、なんでも」
「それやと意味がないんや」
「なんでや!?」
「「夢」を現実に変えることはできん。わかるやろ?言いたいこと」
「わからんわ…」
「あんたも夢で見とったはずや。キーちゃんの姿を」
そうだ。
ずっと近くにあった。
いつも頭の中に焼きついてた。
子供の頃の姿が。
「その頃のキーちゃんを思い出せても、もう、会うことはできんはずや」
「それがなんやねん」
「現実が現実であるためには、確かな「時間」が必要や。例え違う世界に行けたとしても、1つの現実を変えることにはならん」
「現実がどうとかどうでもええねん。ようは千冬の意識が、もう一度…」
いつも、夢の中で途切れてた。
振りかぶった千冬のフォームは、いつも、イメージの「中」にしかなかった。
日に日に記憶が薄らいでた。
時間が経つたびに、遠ざかっていってた。
まっすぐ伸びてくる軌道を追いかけて、それでも、触れることのできない距離。
構えたミットの中に、アイツのストレートがたどり着くことはなかった。
時間の波に呑まれて、だんだん、ボールの勢いがなくなって…
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
真夏のサイレン
平木明日香
青春
戦地へ向かう1人の青年は、18歳の歳に空軍に入隊したばかりの若者だった。
彼には「夢」があった。
真夏のグラウンドに鳴いたサイレン。
飛行機雲の彼方に見た、青の群像。
空に飛び立った彼は、靄に沈む世界の岸辺で、1人の少女と出会う。
彼女は彼が出会うべき「運命の人」だった。
水平線の海の向こうに、「霧の世界」と呼ばれる場所がある。
未来と過去を結ぶその時空の揺らぎの彼方に、2人が見たものとは——?


切り札の男
古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。
ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。
理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。
そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。
その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。
彼はその挑発に乗ってしまうが……
小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

転校して来た美少女が前幼なじみだった件。
ながしょー
青春
ある日のHR。担任の呼び声とともに教室に入ってきた子は、とてつもない美少女だった。この世とはかけ離れた美貌に、男子はおろか、女子すらも言葉を詰まらせ、何も声が出てこない模様。モデルでもやっていたのか?そんなことを思いながら、彼女の自己紹介などを聞いていると、担任の先生がふと、俺の方を……いや、隣の席を指差す。今朝から気になってはいたが、彼女のための席だったということに今知ったのだが……男子たちの目線が異様に悪意の籠ったものに感じるが気のせいか?とにもかくにも隣の席が学校一の美少女ということになったわけで……。
このときの俺はまだ気づいていなかった。この子を軸として俺の身の回りが修羅場と化すことに。
乙男女じぇねれーしょん
ムラハチ
青春
見知らぬ街でセーラー服を着るはめになったほぼニートのおじさんが、『乙男女《おつとめ》じぇねれーしょん』というアイドルグループに加入し、神戸を舞台に事件に巻き込まれながらトップアイドルを目指す青春群像劇! 怪しいおじさん達の周りで巻き起こる少女誘拐事件、そして消えた3億円の行方は……。
小説家になろうは現在休止中。

彼女は多分、僕の書く小説にしか興味が無い
御厨カイト
青春
僕の隣の席の小池さんは有難い事に数少ない僕の書く小説のファンだ。逆を言えばそんな彼女は僕の書く小説にしか興味が無いのだろう。だけど僕は何だかその関係性が好きだ。これはそんな僕らの日常の1コマである。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる