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丘の坂道
第290話
しおりを挟む「…バッテリー?…お前が、キャッチャー?」
「そうやで」
清々しくそう答える。
…キャッチャーって、マジかよ…
なんでお前が…?
ミットを構えてる姿を想像することはできなかった。
その姿もだし、そもそも、「キャッチャー」っていうのが。
女子に務まるようなポジションじゃないだろ。
できないことはないだろうが、きついと思うぞ?
体力的に。
「ドルフィンズにおった時だけやけどな?」
「…へぇ」
女はそれ以上詳しくは話さなかった。
眠っている千冬に、子供の頃のことを語りかける。
その表情はどこか大人っぽくて、どこか温かかった。
どんなことがあったのかはわからない。
3人で過ごしてたこと。
あの海辺で、キャッチャーボールをしていたこと。
…俺たちと幼馴染だった?
その言葉が、頭の中に引っかかる。
別に、女の言ってることを信じてないわけじゃない。
全部が全部ってわけじゃないが、理解しようとはしてるんだ。
実際この目で、色々見たし。
だけど、どうしてもイメージができなかった。
未来のことについてもそうだ。
「甲子園に行った」っていうことも。
雨が降り続けてることも。
“俺が知るわけない”って、彼女は言う。
けど、それじゃあお前の言う「俺」って誰なんだよ。
別人か?
それとも、クローン的な?
さっきの世界でもそうだった。
部屋の中のアルバムも、ラインの履歴も、全部。
冷蔵庫の中のピクルス。
録画したはずのテレビ番組。
何もかもあり得ないと思った。
だから部屋中漁った。
「自分」が、そこにいないみたいで…
「簡単には説明できんのや」
「大ちゃんも健太も、みんなおらんくなっとった。部屋の模様は変わっとるし」
「須磨高に行ったって言っとったな」
「そうや。お前を探しにな」
「ご迷惑をおかけしたようで」
「ほんまそれ。まじでどこおったん?」
「…まあ、色々」
お前の着てた制服、あれどこの?
どこにでもありそうな制服だったが、ここらへんの高校じゃなさそうだった。
北高かな?って一瞬思ったけど、あそこは確かスカートが赤色だった。
シャツとか襟のデザインとかが似てるから、もしやとは思ったが。
「どこでもええやろ」
「めちゃ気になるやん」
「逆になんで須磨高におると思ったん?」
「…そりゃお前、他にめぼしいとこなんてなかったから」
「私の家に来ればよかったのに」
「お前の家?…ああ、あそこか」
「あの世界では、まだ神戸に住んどった。大阪には引っ越しとらんかった」
そうなのか。
じゃあ、街のどっかにいたってことか。
てっきり大阪にいんのかと思ったよ。
探しようがねーなぁ、って思ってた。
住所とかなんも聞いてなかったからな。
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