雨上がりに僕らは駆けていく Part2

平木明日香

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丘の坂道

第282話

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 「…でも、連れて行くったって、どうやって…?」

 「私ならできる。“特別”やからな」


 女の言葉が、信じられないわけじゃない。

 だけど信じたくなかった。

 信じたら、何もかも壊れてしまうと思った。

 どんな形でも、千冬に会えたんだ。

 もう一度あの場所、——あの海辺で、キャッチボールができると思った。

 まだ、手の中に残ってる。

 彼女の投げたボールの感触。

 ——キレのある、ストレートが。


 それを嘘だとは思いたくなかった。

 本当のことだと思いたかった。

 無機質な電子音が病室の中に響く。

 彼女の心臓は動いてる。

 …今も、こうして…


 …でも…


 「なんでそんな平然としとれるんや?」

 「そう見える?」

 「…まあな」

 「あんたに見せたかったんや」

 「…何を?」

 「キーちゃんの「夢」が、続いとる世界を」


 千冬の夢。

 ——水平線の、はるか先の景色。


 俺に見せる…?

 なんのために?

 千冬を助けるためじゃないのか?

 「助ける」って、言ってたよな?

 それは絶対に聞いた。

 聞き間違いなんかじゃないはずだ。


 …だとしたら、そういうことなんじゃないのか?

 千冬を助けるために、連れて行ってくれたんじゃないのか?

 なあ…


 「海は常に動いとる。私が今言えるのは、それだけや」

 「はあ??」

 「キーちゃんは、あの海辺におるんや。今でも」


 …あの海辺、…って


 女の口から、その言葉が出るとは思わなかった。

 海辺って言ったら、あそこしかない。

 …でも、まさか


 なんで知ってる?

 というかそもそも、あそこで合ってるよな?

 一昨日、千冬と一緒にいた場所。

 丘の坂道の下にある海辺。



 「あんたに知っておいてほしかった」

 「…何を?」

 「あの日の景色が、まだ残っとること」

 「…いつのことや、それ」

 「あんたらが、初めてキャッチボールした日や」


 …なんで知ってんだよ

 毎度毎度思うけど。

 初めてキャッチボールした日、——あの海辺の景色を、今でも覚えてる。

 だけどそれが?

 “残ってる”ってどういう意味だ?

 
 病室の壁際にある机の引き出しから、女はボールを取り出した。

 傷だらけの軟式野球ボール。

 事故に遭ったあの日に、千冬が持っていたものだ。

 お気に入りのグローブと一緒に。
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