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丘の坂道
第278話
しおりを挟むカンカンカンカン…
遠くで遮断機が降りる音が聞こえる。
高架下で響く、車の反響音。
排気ガスの匂い。
街の明かりが、ビル群の中心から降りてくる。
人の流れは昼間よりもずっと速く、騒がしい。
部活帰りの男子校生が、コンビニの駐車場でたむろっていた。
歩道橋の段差に乗り上げながら、ガタガタと自転車を漕ぐサラリーマンが、色褪せたガードレールのそばを通過していた。
通りを挟んで、お店がたくさん並んでる。
最近できたばかりのカツ丼屋に、いつも人が並んでるラーメン屋。
生暖かい空気が、街の地下道を抜けてやってきた。
薄明の底に鈍く光る、ヘッドライト越しの街角。
イルミネーションの光。
街灯に集まる虫が、少しずつ濃くなる暗闇の中に息を潜めていた。
行き交う人の群れが、忙しい足取りのそばでバタバタと影を押し合っていた。
さっきまでいた、場所。
街の中心。
空は回転している。
青白く伸びていくいわし雲が、風に流されながら飛んでいる。
かすかに残る夕日のオレンジが、カーブミラー越しにうっすらと見えた。
千冬の声がする。
彼女の影が、…まだ、街のどこかに残ってる。
そんな気配が、頭の隅に残っていた。
あの角を曲がれば…
あの場所を過ぎれば…
そう何度も期待してしまう心が、鼓動を速くする。
体を動かす。
ハアッ、ハアッ、ハアッ
階段を登る。
廊下を走る。
千冬がいるはずがないと強く思いながら、地面を蹴った。
何も考えられなかった。
信じたくなかった。
女の言っていること。
今、自分がいる場所。
ここがどんな世界かなんてどうでもいい。
夢の先にいるアイツが、そばにいた。
ずっと近くにいたんだ。
信じられないくらい、近くに…
タンタンタンタンッ
病院の中の景色は変わらなかった。
アルコールの匂いと、生暖かい空気。
パジャマ姿の入院患者と、車椅子を押す看護師。
フロアの受付には竜胆の花が一本、花瓶に飾られていた。
真っ白な瓶に、淡い紫。
飾られたばかりなのか、花は生き生きとしていた。
ブゥゥゥゥゥンという鈍い音が、自動販売機のそばで聞こえている。
誰が描いたかもわからない、壁にかけられた抽象画の絵。
待合室で本を読んでいる子供と、緑の公衆電話。
できることなら、こんなところに来たくなかった。
昔からそうだ。
病院に来るたびに、いつも思い出す。
事故に遭った直後の千冬の顔が、嫌でも…
病室のドアを開けて、カーテンを開けた。
もしかしたら目を覚ましてるんじゃないか?
そう期待してしまう自分が、どこかにいた。
ドアを開けたら、——ひょっとしたら…
シューーーーー…
シューーーーー…
酸素マスクに繋がれたチューブ。
ピンクの掛け布団に、瞼を閉じた瞳。
…そんな
…嘘だろ
千冬が、そこにいる
ベットに横たわってる
その光景が、とても現実のものには思えなかった。
…だって……そんな………
さっきまで隣にいたんだ。
寝癖のついた髪に、バックについたお守り。
「千冬」って呼んだら、ちゃんと振り返ってくれた。
「何?」って返事してくれたんだ。
耳の中に残ってる。
彼女の澄んだ声色も、確かな声の質感も。
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