雨上がりに僕らは駆けていく Part2

平木明日香

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丘の坂道

第274話

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 動き出した電車に揺らされ、言われるがままに目を瞑ったあの時、ガタガタと響く線路の音が、次第に遠退いていくような感覚があった。

 車輪の動く音が速くなって、長い時間が過ぎたような暗闇が、頭のずっと奥に入り込んできた。

 どれくらいの時間が経ったのかもわからないまま、気がついたら、声が聞こえてきた。

 底の見えないぬかるみの奥で、地面の底をつつくような乾いた音がした。

 誰かに呼ばれたような気がして、意識ははっきりしないままで。


 鼓膜の内側に響く声を便りに、目を開いた。


 いつもと変わらない日常と、——景色。

 学校が終わった、午後の街並み。

 阪神線の線路。


 「亮平」


 そう呼ばれた先で、思わずハッとなる。

 明るく、軽やかなトーン。

 ほんのりと茶色がかった髪。

 

 …誰?

 そう尋ねて、返ってくる言葉。

 その「言葉」は、初めて聞く声にしては、どこか聞き覚えのある声色だった。

 透き通った目の色も、袖を捲ったシャツも。


 最初、誰かはわからなかった。

 それぐらい、見慣れてない顔だった。

 …見慣れてない?

 多分、——いやきっと、そういうことじゃない。

 元気なアイツの姿を、ずっと想像してきた。

 もしも事故に遭わなかったら、今頃何をしてるだろう?

 高校生活を送っているとしたら?

 同じ時間を、また、一緒に過ごしていたら?
 

 丘の坂道を駆けていく。

 ハンドルを握り、緩やかなカーブを抜けて、——その先へ。


 アイツはいつだって、ブレーキをかけなかった。

 空に描いた夢を追いかけて、まだ見たこともない世界に期待して、雨の予報なんて、気にも留めないで。


 だから、…きっとそういうんじゃない。

 見慣れてないとか、知らない顔だとか。


 心のどこかで、薄々気づいていた部分があった…と思う。

 そりゃ、最初は戸惑ったさ。

 知らない奴が、急に声をかけてきたと思って。
 
 
 当たり前のように、俺の名前を呼ぶ。

 呆れた顔で、「大丈夫か?」と尋ねてくる。

 何が起こってるのかわからなかった。

 それくらい、見覚えになかった。

 大人になった姿が。

 ——何気なく笑う、その顔が。

 
 
 駅のホームで流れるアナウンス。

 騒がしい街の繁華街。

 夕暮れ時の影のそばで、さっと、空が動いた。

 ロータリーに通過するバスと、——その向こう。

 
 



 千冬がいたんだ。

 そこに。

 セーラー服を着た、彼女が。


 …………………………

 ……………

 ………

 …





 
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