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夢が覚めないうちに
第264話
しおりを挟む足が動かない。
逃げなきゃいけない…!
…でも、どこに…?
地面はあちこちが窪み、立っているのもやっとなくらいの揺れが、収まる気配さえない。
波の飛沫が霧のように飛んでいる。
うなり声を上げる地響きが、渦のように逆巻いている。
どこにも逃げ場はなかった。
大通りも、路地裏も、橋の向こうも。
道路の標識は、すでにその面影すら無くなっていた。
信号機はもう何色かもわからず、コカコーラの自動販売機は、跡形もなく街から消えた。
散開する破片がスローモーションの画面のようにふっと落ちて、撥ねる。
空気を伝って、視界全部が倒れていくような気配が、雨足のように近づいてきた。
サァァァァァ
——風?
いや、違う。
風じゃない。
風はもう吹いていない。
…だとしたら、なんだ?
ポタポタと何かが降ってくる感触がして、ほっぺたを拭う。
水…?
…一体、どこから?
晴れ上がっていた空から、冷たい水滴が落ちてくる。
ゴロゴロと唸る雨雲が広がり、空全体が曇り始めていた。
“空そのもの”は回転していない。
止まったままだ。
それがわかったのは、綺麗な一本の尾を引くひこうき雲が、まだ、神戸市内の上空に停止していたからだ。
雲の尾は飛行機のエンジン口から噴き出るように線を引きながら、止まっていた。
まるで、世界の中心に、線を引いたかのように。
——雨?
回転していないはずの空から、ポツポツと雨が降り始める。
今日は雨の予報なんてなかった。
さっきまで、伸び上がるような青が広がっていた。
どす黒い雲が空の向こうに、……見えて
一体、いつから…?
まばらに散らばった灰色の綿雲が、いつの間にか、上空の至るところに浮かんでいた。
低いところ、高いところ、そのあちこちに飛翔し、上昇気流を掴んでいる。
日の光がその雲の切れ間に透けて見えて、ほんのりと青白い。
落下してくる星は、その輪郭をさらに大きくしていた。
何万メートルもの高度に聳える頭上、——そのずっと、向こうから。
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