雨上がりに僕らは駆けていく Part2

平木明日香

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夢が覚めないうちに

第252話

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 ビルが取り囲む街のど真ん中で、空気の乱れも感じない。

 耳鳴りのような震えがそばにあるのに、時計の針が壊れたような膠着が、伝播する波の揺れの中に拡がっていた。

 あの時と同じなんだ。

 あの時も、地面に落ちる雨音が一斉に消えて、捉えようもない沈黙が瞬く間に広がった。

 いつからそうなったのかもわからないくらい、一瞬で。

 風は鳴り止んで、景色の一つ一つは重力の中心に閉じ込められていた。

 “空間”の中に、閉じ込められていた。

 何もかも。

 光さえも抜け出せない時間の、内側に。


 現実じゃないと思った。

 それぐらいぶっ飛んでた。

 世界が“止まる”なんて、そんなこと…



 全ての“影”が地面に留まっている最中、何かが動いた気がしたのは、気のせいじゃなかった。

 交差点の真ん中に聳え立つ、信号機。

 大通りに沿って伸びている、電線。

 ビルを挟んだ通りの直線上には、空と、雲団が。

 信号機の色は青で、ビルの窓には、反射した空模様の群青が広がっていた。

 停止した世界の切れ端とは思えないほどに通り抜けた空気の色が、そこにはあった。

 

 …一体、何が…



 声をあげる間もないまま、風の流れが飛散していく。

 横断歩道のメロディーは掻き消え、光と影の境目に、切り取られるビルの湾曲。

 置き去りにされていく時間と空間の境で、全ての形や“色”が、失われていく予感さえした。

 ——ほんのわずかな、”刹那“の境界を越えて。


 それなのに…



 …なんだ?

 何かが横切った…?


 何かがおかしいと思った。


 世界は止まっている。

 それに間違いはなかった。

 雲の流れが、もうそこにはなかったんだ。

 日の光に流れていく影の形も、街の輪郭の中にうごめく騒音も。
 

 視界の中に掠めた違和感。

 “それ”は、指先に触れる程度の些細なものだった。

 視界を張り巡らせる。

 目を見開く。

 
 何かが、おかしい。


 それは、止まったはずの世界のそばで、“動いた”気がしたからだ。

 「何か」が。


 景色?

 風景?

 いいや、そんなんじゃない。

 立ち止まった断片的な空間のそばで、「空中」に、その正体はあった。


 あり得ない角度で。

 あり得ない、高さで。


 信号機と、空。

 青と青の交錯する境界線。

 空間と空間を繋ぐ切れ端に、スカートの靡く挙動があった。


 スカート…?

 いや、そんなバカな。


 目を擦ったんだ。

 風に揺れたかのような挙動のそばで、誰かがいる気配。


 …誰か?


 「誰」か、だって…?


 仮にそれが「人」だとしても、あんな場所にいるわけがない。

 そう思ったのも束の間だった。

 向けた視線の先で、その答えがわかったのは。
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