雨上がりに僕らは駆けていく Part2

平木明日香

文字の大きさ
上 下
245 / 394
あの夏

第243話

しおりを挟む


 お前の口癖だったよな?


 「海に行くで!」


 無駄にテンションが高くて、天気予報なんて見もしないで。


 クソ暑いのに海?

 海になにがあるんだよ…

 心の中ではそう思ってた。

 まじでめんどくさかったから。


 あの頃、何かを見つけたいと思うことはなかった。

 外に何かがあるとは思えなかったし、おまけに、傘はぶっ壊れるしで。


 なんなんだろうな?

 ほんとに。

 あんだけ嫌がってたのに、いつのまにかインターホンが鳴るのを待ってた。

 朝起きると何かが始まる予感がして、窓を開けてた。

 背伸びしながら。


 やかましい目覚ましの音。

 むさ苦しいほどの蝉の声。


 
 「1球だけやで?」


 一体何年ぶりだろうか?

 こうしてグローブをはめ、18m先の距離にいる彼女の姿を、目の当たりにするのは。

 いつも感じてた。

 ロジンバックの粉がついた指が帽子のツバに触れ、白い煙が、マウンドの上に立つ。

 何かが始まるような予感と、プレイボールの合図。

 ずっとドキドキしてた。

 目を離す暇もなくて、しきりに加速する心臓の音が、耳鳴りのように響いてた。


 そうだ。

 この感じ。


 投げる前の一呼吸。

 狙い澄ましたような鋭い瞳。

 時間が止まるようなゆったりとした構えから、ワインドアップのモーション。

 記憶の奥底から蘇ってくる彼女の姿を、思うように見つめることができなかった。

 視点がグラついた。

 目の前で起こってることが、あまりに懐かしかったから。



 ザッ………!



 スカートの下の短パンが見えるくらいに大きく上げた左足が、地面の中心へとダイブする。

 垂れたシューズの紐が風の抵抗に揺れ、加速する一瞬。

 踵にはもう体重は乗っていない。

 地面を掴んだ右足が、コンマ1の内側へと突入しようとして、動く。

 つま先の内側へと潜り込むように膝が傾き始めた。

 人差し指にかかったボールが、体の反対側へと捻れていく。


 ボールは今、いちばん遠いところにある。

 体重を乗せた1秒にも満たない距離。

 それと、——接点。

 スライドしていく左足のステップが、地面のいちばん低いところを飛行していく。

 ダイブするその矢尻の先端から、軸足は、遠ざかるように後ろへ。


 体の中心は地面の懐を捉えたままだった。

 動き始めたモーションの中間で、時間は波打つように交錯していた。

 沈んでいく重心が、重力の先端へ加速しきる最小単位への臨界線を、——残したまま。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

真夏のサイレン

平木明日香
青春
戦地へ向かう1人の青年は、18歳の歳に空軍に入隊したばかりの若者だった。 彼には「夢」があった。 真夏のグラウンドに鳴いたサイレン。 飛行機雲の彼方に見た、青の群像。 空に飛び立った彼は、靄に沈む世界の岸辺で、1人の少女と出会う。 彼女は彼が出会うべき「運命の人」だった。 水平線の海の向こうに、「霧の世界」と呼ばれる場所がある。 未来と過去を結ぶその時空の揺らぎの彼方に、2人が見たものとは——?

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

転校して来た美少女が前幼なじみだった件。

ながしょー
青春
 ある日のHR。担任の呼び声とともに教室に入ってきた子は、とてつもない美少女だった。この世とはかけ離れた美貌に、男子はおろか、女子すらも言葉を詰まらせ、何も声が出てこない模様。モデルでもやっていたのか?そんなことを思いながら、彼女の自己紹介などを聞いていると、担任の先生がふと、俺の方を……いや、隣の席を指差す。今朝から気になってはいたが、彼女のための席だったということに今知ったのだが……男子たちの目線が異様に悪意の籠ったものに感じるが気のせいか?とにもかくにも隣の席が学校一の美少女ということになったわけで……。  このときの俺はまだ気づいていなかった。この子を軸として俺の身の回りが修羅場と化すことに。

乙男女じぇねれーしょん

ムラハチ
青春
 見知らぬ街でセーラー服を着るはめになったほぼニートのおじさんが、『乙男女《おつとめ》じぇねれーしょん』というアイドルグループに加入し、神戸を舞台に事件に巻き込まれながらトップアイドルを目指す青春群像劇! 怪しいおじさん達の周りで巻き起こる少女誘拐事件、そして消えた3億円の行方は……。 小説家になろうは現在休止中。

彼女は多分、僕の書く小説にしか興味が無い

御厨カイト
青春
僕の隣の席の小池さんは有難い事に数少ない僕の書く小説のファンだ。逆を言えばそんな彼女は僕の書く小説にしか興味が無いのだろう。だけど僕は何だかその関係性が好きだ。これはそんな僕らの日常の1コマである。

浦島子(うらしまこ)

wawabubu
青春
大阪の淀川べりで、女の人が暴漢に襲われそうになっていることを助けたことから、いい関係に。

小学生をもう一度

廣瀬純一
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

処理中です...