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あの夏
第239話
しおりを挟む「おい!」
防波堤のすぐ上で、しばらく海を眺めてた。
チチチチというスズ虫の声と、流れる波の音を聞き。
立ち止まって考えようと思った。
何もかもが詰まったこの場所で、ひと息つこうと思ってた。
動き回ったってしょうがない時がある。
だからちょっくら、静かな時間を過ごそうかなって。
「なにしとんや?こんなとこで」
バス停のベンチと、国道線沿いの遊歩道。
しきりに音を鳴らす向かい側の踏切。
その向こうに見える丘の坂道。
それと、色の禿げた電信柱。
神戸市内行きのバスが、明石方面からやって来てた。
反対車線沿いの街灯が、遊歩道の路面を照らしてる。
ペダルを漕ぐ自転車の影が見えて、錆びついたチェーンの音が、キキーッというブレーキの振動の中に止まった。
明石市と神戸市との境目を往来する車の喧騒。
そのそばに、夜の静けさが一層深まりながら。
「…千冬?」
一瞬、誰かと思った。
こんなところで何やってんだ…?
いや、それはそっちのセリフかもしれないが。
「ちょっと休憩しとるとこや」
「ここで!?用事は済んだんか?」
「…まあ」
済んでない。
進展もとくになし。
これからどうしようか悩んでるところだ。
とりあえず。
「ふーん。ま、検討を祈るわ」
いまだに、信じられない自分がいる。
千冬が目の前にいるということに。
こうして、何気ない会話をしてることに。
「ちょ、ちょっと待って!」
「あ?」
思わず呼び止めたのは、多分、すぐ目の前にある現実に、できるだけ手を伸ばしたかったからだ。
この世界に彼女がいること。
いつもと変わらない海の匂い。
そんなのが全部ぐちゃぐちゃになって、もつれそうになる足のつま先に触れてくる。
何も変わらないと思う気持ち。
何かが変わってると期待する心。
それが「言葉」になるのに、時間はかからなかった。
彼女を呼び止められる、——距離の中には。
「…キャッチボール、せん?」
俺と彼女を繋ぐもの。
あの夏の思い出。
どうしても、発せずにはいられない言葉があった。
それが“言葉”かどうかの確かな証拠は、…多分、目には見えない。
時間の果てに探していたものが、海とその景色の穏やかさの中に続いているにしても、俺は彼女に、まだ、何もしてあげられてない。
…だけど、そんなことよりも、まだ何気ない時間が続いていたあの頃の記憶が、心の根っこの部分をくすぐるんだ。
ずっと一緒に夢を見ていたかった。
夏はずっと続くものだと思ってた。
冷えたポカリスエットの後味と、背の高い雲。
欲しいものは何もなかった。
…ただ、何気ない日が、続いてくれるだけで。
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